荒海山南壁登攀


前回アップした「案内人なしでは登れぬ南会津の枯木山と荒海山 後編」の元となった原稿。
これも戦中の貴重な資料として残すことにする。

判読できる部分だけ拾い読みしても、なかなか興味深く読んだ。
興味や関心があり、なおかつ時間の余裕がある方限定ですね。
でも、さまざまな物資が不足している時代であっても、役所の用紙を私的に使用するのは、実直な末夫さんらしくないなと思うのです。

原稿の一枚目に「川崎氏」との記述があるが、当時まだ未踏だった会津の数々の山を世に紹介したフロンティア、川崎精雄先生のことと思われる。(参照

※ 太田

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