三ツ峠 本社ヶ丸縦走ハイキング


あまりにも有名な三ツ峠山は、関東在住の山好きならば必ず、一度は登ったことがあるだろう。
平地からも、林立する電波塔などの鉄塔群が目印だから、登らずとも、あれが三ツ峠山だとすぐに分かる。
有名なのはもちろん、岩登りのトレーニングの山であり、富士山展望の山であり、そしてアマチュアカメラマンたちが三脚を林立させるからであって、好天のシーズンともなれば、山頂が大混雑するからだ。
新宿方面から山梨を目指すと、三ツ峠山が見えてくる。
案外にボリュームがあり、見方によってはツインピークにも見える。
それは三ツ峠山と御巣鷹山で、双方の山頂にパラボラアンテナなどが建っている。

山の古い本や、甲斐国志を見ると「三嶺山」と表記されているが、屏風岩を登り詰めた頂上の開運山、御巣鷹山、木無山、この三つのドッケ(突起)を総称して「三ツ峠山」と呼ばれるようになったらしい。
若い頃に通過した芋ノ木ドッケや三ツドッケなどのピークを、懐かしく思い出す。

私事で恐縮だが、十代の時には、屏風岩を目指して何度も通った。
日本山岳協会のお墨付きのもと、協議会の大会ゲレンデにもなったことがある。
それからしばらく、三ツ峠山からは遠ざかっていたが、その後、一度だけポピュラーな三ツ峠山登山に出掛けたことがあった。

河口湖からルート137を進み、御坂トンネル手前を右折して旧道の御坂道に入る。
当時の山手帳を開くと、コースタイムの記載しかないので記憶は定かではないが、すでに数台の車が停まっていて、空きスペースを探すのが面倒だった。
悪路ながら林道はその先まで延びていて、山頂の小屋まで物資輸送に使われる道らしい。

登山道に入るとジグザグの登りになり、最初からあえぎながら高度を稼ぐ。
それを辛抱していると、やがて道は緩やかになり、やっとひと息つく。
木無山まではもうひと踏ん張りで、稜線に出たところから見る富士山の景観がご褒美だ。
山荘を過ぎて開運山へは、手帳を見るとスタートから1時間40分かかっている。
ここは岩のトレーニングでお馴染の場所で、周囲の眺望に毎回法悦を体感したところ。
この時の目的は岩ではないから、また別の感慨を持って、景観を楽しめた。
ただし、人工物の鉄塔はやはり気になる。

好天の初夏で、富士の山頂に少し雲があるだけの、絶好の登山日和だった。
記憶を頼りに勝手に山座同定をし、その山名が手帳に記されている。
北の方角から笠取山、雁坂山、破風山、甲武信岳、黒金山、国師岳、北奥千丈岳、朝日岳、金峰山と左へ視線を移す。
奥秩父の山々が西に尽きて、横岳、赤岳、権現岳、編笠山までの八ヶ岳の全容も見える。
更にその左奥には北アまで見えた。
そして南アだ。
北の端は雨乞山から隆起が始まり、甲斐駒、観音岳、その奥に千丈岳があり、北岳、間ノ岳、農鳥岳の白根三山、そして塩見、悪沢、赤石、聖へと続く。
視線を手前に戻せば、河口湖や西湖が鏡のように穏やかで、山岳、湖、それら美しいすべてのものを凌駕して聳え立つのが富士山だ。

御巣鷹山頂まではなだらかな道を20分。
鉄塔に占拠されていて面白くないが、それでも開運山に比べれば静かに過ごせる。
ここから一気に北上。
最初は急下降で厄介だ。
それでも1,500メートルくらいまで下ってしまえば、人の姿も皆無に近く、武蔵野の雑木林や、拓けた高原を散策する気分になれる。
やがて大幡八丁峠に着く。
後は車まで林道歩きで、周回コースが終わる。

では、例によって、末夫さんが書き残した昭和12年8月の原稿を見てみよう。

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三ツ峠山は海抜一千七百余米で、頂上より富士の大景観が素晴しいので有名な山で有る。
この山への登山路は実に四方に通じ、其の主なるものは富士山麓鉄道小沼駅より登るものと、河口湖畔より登るものとが有り、此れらの道をへてのコースが一般的なコースで有る。
然しこれらの道をへてのコースは単なるハイキングにしか過ぎず、余り充分なる山の気分に接する事は出来ないけれども、三ツ峠の頂上より更に其の稜線をつたわって、八丁峠より清八峠に出で、本社ヶ丸を探って笹子へ出るコースは、相当に山岳的気分に接する事が出来る。
今此處に小沼より三ツ峠、清八峠、本社ヶ丸をへて笹子に到る山岳縦走の大要を記して見よう。

このコースは東京を前夜の最終列車で出発すればよい。
小沼駅に下車したら駅前の街道に出で、少し戻ってから左へ街道と別れて電車のガードを潜ると、すぐ下暮地‎の部落に着く。
三ツ峠山は前面に三つの隆起の有る特異な形を、高く長く連り山嶺の上に聳させて見える。
すぐ目の前で、わけはない様だ。
道は山麓地帯をゆるやかに上って行くが、やがて右手に山祇神社と云ふ小社が有る。
この辺より浅い沢谷を進み、やがて左へ此れも三ツ峠へ通じている道と別れる。
道は次第に急坂となり、しばらくして達磨石小屋に着く。
途中は松林で余り景色はよくないが、木の隙間等から御正体山や鹿留山などが窺はれる。

此れより道は更に急坂を羊腸として上るが、この登りは八十八大師迄続き、可成りの苦心を要する。
途中、馬返は一寸した平な樹林の切目で、此こから富士を望むことが出来て、急坂の疲れを休めるにはとても良い所で有る。
八十八大師より道は直線の急登行をさけて、前面に聳ゆる断崖の下を、やゝ下に巻いて進むので、とても楽な道となる。
此の辺に、各所に岩清水が有るから充分飲んで居た方がよい。
やがて道は巨大な岸壁の下を廻って、更に急坂を登ると富士見茶屋に着く。
今迄執拗に我等の道を覆っていた森林も漸く儘きて、ここは美しい草原で有る。
此處で山中湖よりの道と合している。

頂上はすぐ目の上で、頂上迄五分。
山麓に立てば、先づ第一に神聖なる富士が目に入る。
実に雄大だ。
其の背後に天子岳の連峯有り、御坂山塊近く聳え、南アルプス遠くに在り。
其の右手に甲府盆地低く拡り、笹子峠より大菩薩に連る山脈を始め、奥秩父連峯近く滝子山雁ヶ腹摺山を始め、鹿留山、御正体山、丹沢山塊、箱根山塊等、一堂に集る実に豪壮雄大の限りだ。
人力の偉大さを物語るにふさわしい御坂国道が、羊腸として白線を画き、自動車の通っているのさえもわかる。
山中湖を始め、河口湖、西ノ湖、精進湖等眼下に在り、其の雄大なる景観は富士を中心とした一大パノラマで有ろう。

三ツ峠より八丁峠、清八峠へ到るのは、今来た道とは別に右に下るので有る。
頂上より再び雑木の林の中へと入る道も、今迄と異って相当に悪い道で有る。
山嶺道路で有るが、上り下りがとても激しいので、可成り苦しい道で有る。
本社ヶ丸は清八峠より右へ尾根をつたわるので、途中は雑草や樹林で覆はれているが、岩石の露出が多く、可成り面白い道で有る。
本社ヶ丸は一千六百余米、山頂よりの展望は、樹は有るが素晴しいもので、前面に三ツ峠を望み、大菩薩方面より御坂山塊、富士を望むことが出来る。
もし時間に余裕が有ったら、この山嶺を更に進んで宝銅山から笹子に到る道に出てもよいが、可成り忙しいコースで有る。

清八峠より道は一気に下る。
雑草は生茂って道をふさいで居るから、其れを押分けて進まねばならない。
途中で沢を渡り、黒駒よりの道と合する。
此の辺より下りも緩になり、道も歩きよくなる。
森林の切目より背後に本社ヶ丸を望み、前方に笹子連峯を望むことが出来る。
道は追分の部落で甲州街道と合する。
これより笹子駅迄は約三十分、緩に街道を下って行けばよい。
いくらゆっくりしても、夕方五時頃には笹子駅に着くだろう。

(注)
本コースは大部分樹林と雑草に覆はれている。
只、三ツ峠の頂上の附近のみが草原帯となっているだけで有るから、余り途中の眺望はよくないけれども、日帰りハイキングコースとしては可成り面白いもので有る。



富士山麓電気鉄道は1960年5月30日に富士急行に改称している。
民間の私鉄が次々と国有化された戦前だったが、その政策方針に外れたのか、昭和18年には小沼駅が三つ峠駅に改称ているものの、民間の電鉄会社として現在まで存続している。
現在は中央線快速が河口湖まで乗り入れていて、車以外のアプローチも健在だ。
ただし、ほとんどの人が御坂までバスや車利用で、中には河口湖からロープウェイでも簡単に登ることが可能だから、三つ峠駅を起点にする人は少ないのではないか。
それでも末夫さんが書いているように、途中には大山祇を祀る社や八十八大師もあるから、信仰のコースでもあったのだろう。
末夫さんは国鉄パスしか使えなかったはずだが、信仰心の篤い人だったから、という理由も考えられる。

末夫さんは本社ヶ丸のピークも踏んでいるが、これは清八峠からのピストンだ。
私は本社ヶ丸には登ったことがないので何も語れないけれど、山梨百名山にも数えられ、かつての山仲間の話によると、頂上の露岩帯からの眺めも良かったらしい。
いずれにせよ、笹子側からの登山道も現在ではよく踏まれているようだが、昭和12年当時は、
「雑草は生茂って道をふさいで居るから、其れを押分けて進まねばならない」
と記していて、苦労のほどは知れるものの、末夫さんもなかなか良いコースを思いついたものだと感心する。
好天の一日、また訪ねてみたくなった。(太田)


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