八甲田山と十和田湖の旅


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今回は、昭和12年、晩秋の八甲田山と十和田湖を旅した記録である。


 上野駅を夜行で出発、青森から省営バスの一番に乗り、最奥の集落雲谷(もや)で、いったん途中下車し、景色がいいので萱野茶屋まで歩く。この間の風光は実にすばらしい。とくに雲谷峠から見る青森湾、途中の岩木山の展望、萱野高原の草一面の高原、八甲田山の全容など、まさに夢に見るような大景観だった。萱野茶屋から酸ヶ湯までバスに乗り、その日はこの酸ヶ湯温泉に宿をとり、すぐ頭上の八甲田山へ登るべく荷物を預けて出発した。
 登山はまず頭上の大岳(八甲田山最高峰一五八五メートル)へ登り、それより井戸岳、赤倉岳、前岳と主尾根を辿り、ふたたび井戸岳へ戻ってから尾根を左へ下り、一周する形をとってから酸ヶ湯温泉に下る。途中は主として明るい高山帯で池があり、夏はきっと数えきれない高山植物が咲き乱れて、小池には水連が妍を競う、これほどやさしく美しいところはほかにはないだろうと思った。一めぐりゆっくり歩いても三、四時間である。大岳頂上よりの大展望は八甲田山群の全容を望み、北方には青森湾、その奥に北海道を眺め、西すれば岩木山の尖峰と日本海、南方には岩手山と八幡平の山々が手に取るように一望できる。八甲田とその周辺は人間の力はまったく加わっていない本当の大自然そのままの素朴な美に溢れていた。
 酸ヶ湯温泉は有名な観光地だが、けばけばしいところがなく、活気の溢れた木造のかなり大きな宿だった。湯はきわめて豊富で浴場は広く、浴槽はいくつにも仕切られている。熱の湯、冷の湯、四分六の湯などにわかれ、あらゆる病に効くという。浴者は自分の体にあわせて入浴する。宿の附近は俗塵を離れた仙境といった感が深く、浴後の散歩が楽しい。

< 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >


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 翌日は蔦温泉までゆっくり歩いて五時間、途中の名勝地地獄沼、八甲田越の大展望、睡蓮沼等を見て、猿倉、谷地の温泉を横目にすごし、下界とはちょっとちがう風景を賞でつつ蔦温泉にいたる。大町桂月の墓にお参りし、この蔦温泉で一泊。
< 同 抜粋 >


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 翌朝バスに乗って十和田湖畔の子の口に出る。この間が有名な奥入瀬渓谷だ。バスの女車掌が名勝地に来ると車を止めて説明してくれたので、歩かなくてもよく見ることができた。奥入瀬川は深い谷ではない。大原始林のなかを十和田湖から溢れた水が岩や樹林のあいだを流れ下るもので、道路と水面がほぼ同じ高さで、川のなかの岩には樹木が茂り、一風かわった渓流美を見せている。バスは約二時間で湖畔の子の口に着く。初めて見る十和田湖畔は、さかりをすぎたとはいえ、おりからの紅葉に染まってこの世のものとも思えぬ美しさだった。湖を汽船で横断する。湖中から見る十和田の景観はまた格別だ。約一時間半で船は休屋に着く。ここは旅館も多く建ち並ぶ十和田観光の中心地で、あたりの名勝地を見てまわる。午後遅く毛馬内行きバスに乗り、車窓より十和田湖に別れを惜しむ。バスが外輪山の発荷峠を越ゆるあたり、その大観は旅の最後を飾るにふさわしい迫力があった。バスは花輪線の毛馬内に出て好摩駅で東北本線に連絡する。
< 同 抜粋 >


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 この昭和十二年の後半に行った三つの旅のうち、上信国境(籠ノ登山・四阿山)と東北の八幡平は本当の秘境だった。そのころ山登りはきわめてさかんで、新聞か何かで新コースの募集を見た私は早速、応募した。上信国境の旅が大変よかったので、これをまとめたら三等に当選し、その発表会が銀座の「伊東屋」であった。私はこのとき山に登る人が既成のコースにあきたらず、新コースを求めていることを知った。八幡平もそのころは、まだ訪れる人が少なく未知の山だったので、これも山岳雑誌『山と渓谷』に投稿して採用された。これで自信をつけた私は、以後、未知の新コースを探して旅をするようになる。しかし、未開のコースというものは、道もはっきりせず、情報も不足で、ともすると土地の人さえわからない場合もあって、だいたい二回に一回は途中で迷って引き返すという失敗もずいぶんあった。それだけに成功すると喜びは大きい。私はいつも一人旅だったが、東京以北は開発も遅く、行政も観光に力を注がなかったから、大きな地図を広げると新コースはあっちこっちと、いくらでも発見できた。
< 同 抜粋 >


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私が最後に十和田を訪れたのは、もう三十年も昔のことだ。
時が移ろえば変わるものもあれば、変わらずに、今も目を楽しませてくれる風景もある。
その対比を実感するための旅も捨て難い。
もう若くはないのだから、ガツガツと名所旧跡ばかり追わず、心象に残る旅をしたいものだ。
今回も末夫さんの文章を転記しながら、そう思った。(太田)


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