蒸ノ湯温泉


 前回の「玉川温泉まで」からの続き。


 鹿ノ湯のすぐ上に焼山(一三六六メートル)がある。すばらしい火山だが、少し歩きすぎたせいか、疲れきってしまい、山へは登らず裾を素通りした。途中、後生掛温泉で湯沼、沼火山を見て、その日の宿泊地蒸ノ湯温泉に着いたのは夕方だった。ここも秘境らしいところで、飯場のような細長いバラックが数棟建っていた。「朝寝ホテル」という板切れの看板が打ちつけてある粗末な自炊宿だった。床はなく、すべて砂と筵敷きで、泊まり客はみなその上で寝ている。聞けば、あたり一面、温泉が地の下を流れていて、砂の上に寝ているだけで体が蒸されて温かく蒲団はいらないのだという。私たちも同じようにしたが、とても温かかった。夜は湯治客が外に集まって盆踊り大会をする。盆踊りは本当に天界の楽園を思わせるような楽しさ溢れるものだった。
< 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >


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 それでは、例によって昭和12年当時の原稿を転載してみよう。


鹿湯より道は更に激しい登りとなる。
やがて途中、道は二つに別れる。
右を取れば焼山をへて又一に到る道で、左を行けば焼の裾を廻って又一に到る道だ。
焼をへて行く道は途中で蚪沢に沿って行くので、とても急峻で悪い道で有るから、一寸登って鬼ケ城の凄惨な景色を見るとよい。
又一よりは下りになる途中に一丁四方くらいの美しい濕生の芝生帯に出る。
此處はヘコ谷地と云われ、、前面に八幡平を望んで実に素晴しい景色で有る。
これから又どんどん原生林の中を下って、此れを下り切ると澄川精錬所跡に出て坂比平よりの道と合し、半粁程進むとブツブツと湯や泥の噴出している後生掛温泉に着く。
八幡平諸温泉の中で、後生掛は特に物凄い所で有る。
温泉は所かまわず噴出し、大小の池が其處にも此処にも有って、猛烈に湯や泥を噴出している。
特にすごいのは湯沼と泥火山で有ろう。
湯沼は周囲一キロ程の大きな沼で、こゝの水が全部熱湯で有る。
湯気は物凄く天に冲して落ちたが最後、三原山よりも簡單にアノ世へ行く事が出来る。
泥火山は温泉より約五丁程の所に在り、途中にも小さな泥火山が無数に有る。
一面の泥沼で、熱泥が噴出し、其の有様は実に地獄の凄さを目のあたり見る様だ。
数年前迄は時々噴出土柱の高さが十五尺にもなったとの事で有る。
して見ると、大変勢力が失はれた事が知られる。
後生掛の温泉は余り設備がとゝのって居ないから、泊るなら蒸ノ湯に行って泊った方がよい。
蒸ノ湯へは後生掛から約一時間、道は栂森をへて行く道と、其の裾を廻って行く道と有るから、後者を取った方がよい。
鹿湯を十二時に出発したとして、六時頃迄には蒸ノ湯に着くから、先づ今日の疲れを蒸ノ湯の温泉でいやすがよい。
蒸ノ湯は八幡平諸温泉のほゞ中央に位置し、最近有名になった温泉で有る。
湯はどこからも湧出し、すぐそばを流れている渓流は全部湯で有る。
此處で驚くのは、旅舎で有る。
第一、畳のない事だ。
土間の上にムシロを敷いて寝るので有る。
そうすると地面の下を流れる温泉のために地面がとても暖かく、その地熱が体に傳って来るため、畳なぞは不要なのだ。
そして寝ながらにして体が蒸されると云ふので、蒸ノ湯と云ふ名が付いたので有る。
建物もほんのバラック建のもので、雑居寝で有るのにも驚く。
此の温泉は只泊るだけで食事は付かないから、来る人は皆、米味噌持参で来る人達ばかりで有る。
それがため、宿料も一泊十銭と云ふ方外なもので有る。
然し最近、一軒、畳の敷いて有る三食付の宿館と食堂とが出来たから、雑居を嫌ふものはそこへ泊るもよく、自炊を嫌ふものはそこで食べる事も出来る。
食器を洗ふにも洗濯をするにも、皆、湯で有る。
ここでは湯も水と仝價値で有る。
各地から集まる湯治客は、晝は湯舎の中で、夜は小舎の中で楽しそうに御国自慢のリヨウ(里謡)などを唄ったり聞いたりして旅愁を慰めている。
冬はスキーの根據地となる。
湯は食塩泉で七十七度。
婦人病、リユウマチスに特効が有ると云ふ。
此處から坂比平迄は八粁、そこから花輪線小豆沢駅迄、バスが有る。
其の途中にもトロユ湯とか赤川温泉などの原始的温泉が存在している。



 次回、「八幡平登山」へ続く。(太田)


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