現代版雲取山登山事情


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奥多摩湖の南、月夜見山中腹より奥秩父の山々を望む。
中央奥は飛竜山、右に雲取山。
そしてやや低い七ツ石山。

昭和8年、まだ青梅線終点が御嶽駅だった当時の夜行日帰りを成し遂げた健脚自慢の末夫さんは驚くだろうが、雲取山へは半日で登ることが出来る。



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1996年6月19日 (水曜日)

日帰りとはいえ、何とかすっきりしたマイカー登山をしたいものだ。
そんな思いで自宅を出たのが午前3時前。
目指すは東京都最高峰の雲取山。
久しぶりに眺望を満喫したい。
雲取山自体は十数年振りだが、何がどれほど変わり、また変わらずにいるのか、それもこの目で確認して来たいと思う。
日原から日原林道をたどり、大ダワ林道を行く予定を立てた。
日帰りマイカー登山だともうひとつ、三条の湯からのコースがあるが、等高線の間隔が開いているこちらの方が楽だ。

コンビニで食料を仕入れ、日原鍾乳洞前を通過して日原林道へ入った。
4時15分、予定していた駐車ポイントに到着。
場所は大雲取谷と唐松谷が合流する唐松橋への下降地点。
唐松谷に沿って石尾根のブナ坂へ通じる道と、富田新道への道の入口でもある。
そのため、回遊コースを取る都合上、登路となる大ダワ林道まではわずかな距離だが林道歩きとなる。
振り返ると南に開けた日原川の先の空が、みごとな朝焼けに染まっている。
5時前にスタート。
15分ほどで大ダワ林道入口に到着、ここからが本格的な登山道となる。
林道といっても車が通るわけではなく、ごく普通の山道だ。
「熊に注意」の警告板がある。

大ダワ、雲取山の標識に従って日原林道から長沢谷へ下り、木橋で流れを渡る。
そしていきなりの急登、あえぎながらのスタートになった。
しかしそんな登りもわずかで、尾根を巻いて大雲取谷に入ると傾斜は緩くなる。
ここからは大雲取谷に沿って二軒小屋尾根の南面をじわじわと高度を稼いで行くことになる。
しばらくは支尾根ともいえないような小さなコブを繰り返し巻き、見通しの利かない一本道を進む。
単調だが、どちらかというと高度よりは距離を稼いでいる感じだ。
それでも少しずつ登っている証拠に左下の沢音が細くなり、源流に近くなったと判る。
ただし、木立にさえぎられて流れを見通すことは出来ない。

6時前に最初の小休止を取った後、何本か細い流れの枝沢を渡り、熊穴沢で2回目の休憩。
ここから雲取山荘までの間に水場はないので、たっぷりの水を補給する。
熊穴沢を渡り、支尾根を巻いて大ダワを目指す。
この辺りまで来ると空も広くなり、長沢背陵の陵線まではわずかな距離だ。
猛毒のニガクリタケや、鹿やニホンカモシカの食害で裸になった木の幹などを眺めながら、7時40分に大ダワへ飛び出した。
大ダワは西からの風の通り道になっていた。
ベンチで数分も休憩しているうちに体が冷えて来るが、陽が射せばそれほど気にはならない。
空の大部分がすっきりと晴れ上がっている。
木の枝越しに見え隠れしているのは和名倉山だろう。

勢いをつけて男坂を登る。
もっとも勢いというのは多分に観念的なもので、この場合は実際の歩調とは相容れないものだった。
奥秩父特有の原生林の尾根筋を進んで行くと、やがて雲取ヒュッテに出る。
トタン屋根が古色を帯び、年季の入った良い小屋だ。
二階部分の窓が低い位置にあり、二階建てとはいえ、それほどの高さはない。
しっとりと周りの風景に溶け込んでいるのも好もしい。
シーズン外だから、もちろん人の姿はない。
すぐに大ダワからの巻き道を合わせ、ヒュッテから歩くこと5分で新緑に包まれた雲取山荘が現れた。
時刻は8時15分。

「こんにちは、どちらからですか?」
山荘の玄関前でカメラを抱えていた50代くらいの男性が声を掛けて来た。
挨拶を返し、日原からですと答える。
「ずいぶん早いですね、暗いうちから歩き始めたんですか?」
なるほど、日原から歩き通したのであれば確かに早い。
「いえ、車で途中まで楽をしました」
ああ、そうですか、と言って男性はニコニコしている。
それにしてもこの時間までのんびりしているとは余裕の山行だ。
目の前には湧水を引いた大きな木桶の中で、何十本もの缶ビールが美味そうに冷えている。
「昨夜は風が強くて、15メートルくらいは吹いていましたかね。都心のビルまではっきり見えました。それに今朝は朝焼けがきれいで、それは見事でしたよ。ちょうどあの辺りの山の上から太陽が出ましてね。いつもと違って今日はちゃんと山の上から陽が出たんですよ。でも昨夜は誰も居なくてね」
はるか遠くの山並を指差しながら、素晴らしい朝焼けを見たことが本当に嬉しくてたまらない、そんな口調で話をしてくれる。
この付近をホームグラウンドとして、もう数え切れないほどこの小屋に通いつめてシャッターを切っているのだろう。
「今日はこれからどうするんですか?」
そう訊いてみた。
「え?」
「どちらへ行かれるんですか?」
重ねて訊いてみる。
「いえ、ここに居るんですよ」
「あっ」
ここで気付いた。
「あはは、誰も来ないんですよ」
小屋の人だったのだ。
雲取山荘といえば、どうしても新井さんのイメージが強いので、こんなポカをやらかしてしまう。


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きっとこの本の著者の中のお一人なのだろう。
赤面してしまう。

昨夜は宿泊客が誰も居なかったとのこと。
ならば昨日から登っておくのだったと後悔した。
レトルトハンバーグは相変わらず定番なのだろうか。
四季を通じて人気の雲取山、その300人収容の雲取山荘を独占できることなど滅多にあることではない。
本当に惜しいことをした。
それでもまだこの時間、こちらから登った人は誰もいないという。
「山頂の避難小屋に泊まった人がいなければ、たぶん今日はあなたがトップですよ。今ならまだ富士山がはっきり見えていると思いますよ」
その言葉を聞いて先を急ぐことにした。

田部重治のレリーフに頭を下げ、最後の詰めに掛かる。
ところどころに木段があるが、土が流れてしまっていて歩きにくい。
そのせいか何本もの踏み跡があり、適当に見当をつけて登る。

露岩まじりの尾根筋を急登し、8時45分、標高2,017メートルの山頂に立った。
そこは眺望絶佳の別天地だった。
北方は樹木にさえぎられているが、どっしりと富士山を中心に東、南、西のはるかな山並が一望のもとだった。
まだ多く雪を戴く南アはおぼろだが、北奥千丈、国師、甲武信三山から、一番手前の飛竜まで続く奥秩父主脈。
大菩薩連嶺、小金沢連嶺。富士はその雁ガ腹摺山の右奥にひときわ大きく聳えている。
続いて道志、丹沢。そしてもちろん、石尾根の先に広がる奥多摩の山々。
それぞれの山塊が数多の尾根を張り巡らせ、それらの襞が重畳と奥行きを演出している。
これが展望登山の醍醐味だ。
独占する山頂。
大ぶりの三角点に腰掛け、呆けたようにダイナミックな景色に見惚れた。
この三角点も、補点ながら一等である。

周囲を歩き回ってみる。
展望盤で山座同定を楽しむ。
いつまで経っても他の登山者は一人もやって来ない。
今度は平坦な場所を見つけて大の字になってみる。
青い空がまぶしくて目を開けていられない。
このまま昼寝を決め込みたくなるほどの開放感。
これは非日常を日常に取り込む無意識の心の動きだ。
次に、昼にはまだまだ早いが、目の前の枯れ枝に止まっているホシガラスに見せつけるように食事を済ませた。

9時半になって腰を上げ、避難小屋の横を抜けて南の肩へ。
そして石尾根ののどかな防火帯へと下って行く。
ここはよくガイドブックの写真に出て来る場所で、本当に気持ちの良いところだ。
やがて雲取山荘からの巻き道を合わせ、小雲取山で今度は富田新道を左へ分ける。
鎌仙人の愛称で知られた富田治三郎の拓いたこの道を下れば一直線に車へ戻れるのだが、今日は七ツ石山まで行ってみよう。
眼下に見える赤い屋根は奥多摩小屋だ。
ガレ場を急降下し、新道からの巻き道を合わせる。
南側は木の間越しに展望があり、緩やかな傾斜の反対側にはひっそりと手つかずの原生林。
この辺りの樹林の美しさには心を和ませられる。

奥多摩小屋への尾根道と巻き道の分岐は巻き道を行く。
5分ほどでまた尾根道と合流すると、再び防火帯の道になる。
ひっそりと建つ小屋の前には、「本日(午後~夕方)雷雨注意報」の札が下げてある。
しかし今のところそんな気配はない。
ここもぜひ一度は泊まってみたい小屋だ。
富士を正面に見据えて南に開けた展望の稜線に、うまく風を避けるように木立に囲まれ、尾根の北側の一段低い位置にこの小屋は建てられている。
小屋のすぐ東側、五十人平のキャンプ指定地からヘリポートを過ぎたところで、今日初めての登山者と出会った。
中年のご夫婦で、会釈をしてすれ違っただけだが、鴨沢から登って来たのだろう。
一歩一歩、山の大きさを噛みしめるようなしっかりとした足取りが印象的だった。

防火帯の尾根伝いのすぐ先に見える、整った姿の七ツ石山を目指す。
日差しはもうすでに夏のものだが、湿気が少なくカラッとしているので暑さは気にならない。
ウグイスや色鮮やかなツツジに耳や目を遊ばせ、散歩気分で歩を進める。
ブナ坂の十字路を過ぎ、直登15分で七ツ石山山頂に立つ。
標高は1,757メートル。
時間はまだ11時を回ったばかりだが、雲取から250メートルも標高を下げたことになる。
北側は樹林にさえぎられて駄目だが、眺望はまずまずといったところ。
靴の紐を解き、足を投げ出して中休止とする。
雲取への稜線を見遣ると、芥子粒のように小さな登山者の姿がパラパラと見える。
ことごとく雲取山を目指しているらしく、この七ツ石山へ登って来る人は誰もいない。
ここにいるのは私と、地面を這うアリ、そして大量のハエだけだ。
そういえばゴミが結構目につく。
しかしここのハエには参った。
人間がやって来たのがとにかく嬉しいらしく、熱烈歓迎とばかりに私の周りで狂喜の乱舞を始めた。
いくら追い払っても付きまとうので、こちらもタオルを振り回して対抗する。
時間はまだたっぷりあるので、ゆっくり昼寝でもしようと思っていたが、右手で缶コーヒーを飲み、左手で大きくぐるぐるタオルを振り回しながらの忙しい休憩になってしまった。
しかし尾根上から丸見えなので、あまりムキになってタオルを振っているとSOSに間違われる恐れもあり、時々は振り回し方をアレンジして変化をつけなければならない。
いい加減ばかばかしくなって来たので下山することにした。
それでも時計を見ると、40分は頂上にいたことになる。
40分もひたすらタオルを振り回していたことを考えると、虚しさばかりが残る山頂だった。
それにしてもゴミはひどい。
七ツ石山は泣いているだろう。

ブナ坂まで戻り、右へ唐松谷への道を行く。
あまり歩かれていないらしく、崩落や倒木で荒れている。
単調な歩みでひたすら高度を下げ、20分で唐松谷の流れを渡る。
そのきれいな流れを右下に見ながら進むのだが、何ヶ所か不明瞭な部分があり、ただ漫然と歩いていれば良いわけではないので神経を使う。
とにかく長い道だ。
途中、なぜか谷から離れて無意味に高度を上げるところがあり、どうした具合か知らぬ間に富田新道を登っているのではないかと錯覚させられる部分もあった。
小さな露岩を乗り越えた瞬間、一匹の大きな猿と出くわした。
猿も驚いただろうが、こっちだって腰が抜けそうになった。
流れは新緑の下にあくまでも明るく、滝や淵、瀞の自然美を見せながら枝沢の水を集めて少しずつ成長して行く。

倒木のため、富田新道合流の手前で完全に行き詰った。
それはごく最近のことらしく、どこを探しても巻き道らしきものはまだ付けられていない。
こんな時の鉄則で上に巻く。
急斜面の深い藪を腕力でずり上がり、泥にまみれてどうにか本来のルートに出た。
やがて富田新道を合わせ、ジグザグの道を下る。
大雲取谷の出合で吊り橋を渡り、わずかな登りで日原林道に出て、2時ちょうど、車に戻った。
(太田)



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この記事へのコメント

川西荘
2008年07月07日 21:12
 たまに読みやすい登山記を読むとホッとします。昭和8年の雲取も96年の雲取も山は同じだと思うとふたりの単独行に思いを致します。私は96年の雲取山をバーチャルで登ってきた感じがして嬉しくなりました。お金も使わずに汗だけはかいた積もりになって読ませてもらいました。
千円床屋
2008年07月17日 22:32
百名山制覇も良いけれど、ひとつの山の四季を体験すると、もっと登山の魅力と奥深さが視えて来るような気がします。
ヤナギランの夏、アイゼンで新雪を踏みしめる冬、雲取はいつも新しい顔を見せてくれます。