テーマ:戦前

比企丘陵双輪行

今回の内容は昭和15年5月のサイクリングで、東京上野から埼玉県西部まで遠征した日帰り紀行だが、原稿は前回以上に判読不能で、ずっと放置したままだった。 しかしこれも太平洋戦争前の貴重な記録であって、判読が無理でも載せることにした。 私に比企丘陵についての知識はほとんどなく、場所も曖昧である。 たぶん国営の武蔵丘陵森林公園や吉…
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南阿武隈二日の旅

上図のように、たぶん戦後に書き起こしたらしい地図は残っているものの、以下の原稿は昭和15年に書かれた下書きしか残存していない。 これでは転記以前の問題で、判読不能に近いのである。 (日数をかければ何とかなるやも知れぬが、膨大な作業時間を想像するだけで気分が萎えてしまう) よって今回は、末夫さんが南阿武隈二日の旅 に出かけた…
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再度の挑戦、定義温泉と船形山縦走 後編

前回の「再度の挑戦、定義温泉と船形山縦走 前編」からの続き。  さて、ふたたび船形山へ登る。昨年(参照)は頂上から嵐のなかを大倉川の谷沿いに駆け下って見物どころではなかったが、今日は快晴の下を峰通りの船形林道を登るのだ。温泉を出て湯川を渡り、本峰より下りてくる船形林道の尾根にかかる。初め船形連峰の後白髪(うしろしらひげ)山(1…
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再度の挑戦、定義温泉と船形山縦走 前編

 仙台の船形山(1,500メートル)も無名の名山で秘境の山だった。昨年(転記者注 昭和14年)は山形側より登り、途中で大嵐に遭った。(参照) 縦走こそできたが、山そのものはほとんど見ず、ひどい目に遭って帰ってきた。今年ももう一度行ってみようと、赤城山以来、山好きになった三男の兄と二人(参照)で六月に出かけた。  今回は宮城…
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会津 博士山登山

昭和15年5月の山行記。  私が博士山の存在を知ったのは小学六年生のときだ。勉強はできなかったが地理が好きで、とくに地理付図だけはよく見たものだ。その付図に奇妙な名称の山があった。その山は会津地方でただひとつ火山記号がついていて、ピョコンと突出している独立峰だった。いかにも秘境らしい会津の辺境にあったから、大きな地図でその…
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八溝山脈の静寂境 尺丈山へ

末夫さんの原稿が清書されていないので、今回も著書から抜き書きで済ませることにする。 言い訳になってしまうが、元原稿は読めないことはない。 それによって、内容の概略はわかる。 しかし転記するにも多くの箇所で判読に時間ばかり消費せざるを得ず、今となっては貴重な記録もここに発表(転記)できないのが残念だ。 今回の記事は…
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安達太郎山縦走(第二次)

 安達太郎山へは子供の頃父が毎年夏休みに連れて行ってくれた旅行で家族みんなで登った記憶がある。岳温泉の立派な旅館だったように記憶している。ちょうどペギー葉山が歌う「南国土佐を後にして」が流行っていた。その旅館の卓球場(あの頃の旅館には必ず卓球場が併設されていたようだ)で旅館の同世代の娘とピンポンなんかをした思い出がある。可愛い娘だっ…
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印旛郡サイクリング

このサイクリングは静かな印旛郡の丘陵を走るのと、その間に点在する考古学的は仏像や仏宇を探るに在る。 のんびりした家族的コースと云ひ得るで有ろう。 錦糸堀を9時頃に出発するとよい。 広く大きい千葉街道を走るので有る。 城東電車に沿って町の中を走り、しばらくして城東電車と別れるとすぐに荒川…
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昭和十四年

 旅の協力者・父の死  昭和十三年も暮れ、来年は少しはよくなるかと期待をかけたが、昭和十四(一九三九)年になると、戦時色はますます濃くなった。正月早々、近衛内閣が総辞職して平沼内閣が成立し、近衛さんは無任所相として協力する形になった。一方、政府部内や学者グループに進歩分子がおり、これらを粛清する事件があったり、二月には海軍の海…
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境の明神峠 久慈川渓谷サイクリング

 このブログを手伝ってくれている(ほとんど彼の功績)O氏ともう5年も前になるかほとんどこのコースを彼の車で走ったことがあった。阿武隈、八溝山塊の悠久とした風情は昭和14年というわけには行かないがそれでも想像に難くはなかった。末夫さんはこの「境の明神峠」という名前をよく口にしていたようだ。関宿とか言葉の響きが好きなのだろうかと思っ…
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顔振峠 高山不動 黒川鉱泉

 この頃の所沢や川越、飯能、吾野がずいぶんと遠いところだったように感じられる。70年ほど前なのだからそうだとしてもこの時代の自転車は遠乗りでサイクリングではないと僕は思う。もっともその頃の末夫さんは30代の元気盛りで今時の人間とは違っているとしても、僕は真似する気持にはなれない。車で走るのも大変なのだろうと感じてしまう。ここに出てくる武…
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西下総サイクリング

 浜街道は水戸街道とも云ったようで今では常磐線とほぼ平行して水戸、平、へと通じている。昭和14年頃の小金辺りがどんなものだったのか今では想像するのも難しいがこの浜街道の周囲はどことなく昔の面影が強く残っていて終戦の年にはずいぶんと買出しに出かけたところだと聞いたことがある。また布施辺りは今から20年ばかり前に走ったことがあったがその…
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常野丘陵サイクリング

此のサイクリングは常磐線友部駅より笠間町をへて仏ノ山峠を越え茂木町に至り、那珂川畔を走って大宮、太田、小戸と出るコースで、途中の丘陵的風景が実に良く、又、名勝史蹟に豊んで居るので、此れから3、4月頃のサイクリングには実に良い。 気の合った同士2・3人でするとよい。 上野を一番の列車に乗ると、友部には8時40分…
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神津牧場ハイキング

いつもなら、末夫さんの訪れた土地、山々はほとんど知っていて、それなりに解説のようなことを書けるのだが、今回の「神津牧場」に関しては、私にはエアポケットともいえる地域で、上信越道も国道254も頻繁に利用していながら、一度も訪れたことがない。 原稿と地図を見比べ、なるべく原文を尊重しつつ、地名などの誤記もないように気をつけて転記するが…
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昭和八年

昭和八年の原稿が2本続いたので、ここでその年の内容にも触れて置かねばなるまい。 書き進めていた時代からは数年さかのぼることになるが、末夫さんの著書「汽車が好き、山は友だち」から、八年の部分を抜粋する。 のっけから「役所に入って絶望した」とあって、現在の役人天国と比べれば、そんな時代だったのかと思う反面、給料は安くても、羨ましい悩…
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再訪 赤城山縦走

こちらの整理が不行き届きだったこともあるのだが、ここへ来て昭和八年四月の記録を見つけてしまった。 見たからにはアップせねばなるまい。 なるべく年代順にと、気を遣っていたつもりでも、こんなポカがある。 お許し願いたい。 前回は親友とちょうど一年前に、そして今回は兄と二人。 四月の赤城山はまだ早春のはずだが、眺望も満足…
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表吾妻日帰り縦走

このハイキングコースは前回とほとんど同様で、硫黄製造所跡より幕ノ場へ下る間だけが異なる。 そこで硫黄製造所跡までは前回の記事を参照してもらって、それより後のコースを記す事にしよう。 今回は、二年後に訪れた昭和13年10月2日の夜行日帰り記録。 では例によって、末夫さんの当時の記録を転記する。 (読みにくい部分は平易な表現に変…
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入笠山ハイキング

昭和12年6月6日、夜行日帰り、末夫さんの入笠山ハイキング記録である。 入笠山はスズランの群生で知られる山。 当時も同様であったことが本文で分かるが、あいにく天気は雨だったようだ。 私もかつて二度ほど入笠山に登り、可憐なスズランの群生を見たことがある。 元原稿の内容には不明な点があるが、今回もいつも通り、ほぼそのまま…
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浅間神社と国分寺巡り

前回は、当方の事情で昭和十八年の三陸への「買い出し」を載せたが、今回はまた、昭和十年代始めに戻る。 昭和十二年一月五日、まだ正月気分が抜けないであろう、末夫さんの山梨への一日小旅行である。 浅間神社は甲斐の国一ノ宮で国弊中社で有る。 中央線日下部駅より一里十丁、石和駅よりは一里六丁で達する。 山梨縣東八代郡一…
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筑波山サイクリング

 143年も戻ると東京は江戸であって今でこそマンションや道が縦横にあるのだが、その頃の東京の町々は現代人の想像を絶する寂しさだったと物の本で読んだことがある。代々木や千束などは今では僕の住む村の近くの津南町の景色でもあるのだろう。70年前のこれらのところが作者が何回となく素晴らしい、壮大なという表現を使うのに価する姿だったのだろうと思う…
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丹沢 熊木沢遡行

管理画面にログインしてみれば、今月もまた更新が滞っていることに気付いた。 さすがにもう言い訳はしない。 申し訳ない、と思うだけである。 要するに、開き直り…。 m(_ _)m さて、今回は昭和十三年六月の記録である。 丹沢主脈縦走から二年が経っている。 原稿の転記をするには時間がないので、末夫さ…
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木曽御岳縦走

何年振りかの大雪の日、末夫さんは2.26事件で多数の重臣が殺害されて戒厳令まで布かれたことで、ただならぬ騒ぎに世の終わりを感じ、日本も戦場になるかと恐怖した。 翌三月には軍の傀儡とまで揶揄された広田内閣が誕生。 七月には東京、横浜、川崎で防空演習が始まった。 その八月の、末夫さんの山行記録を、著書の中から載せる。 …
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吾妻山群縦走

今回は昭和十一年六月の記録である。 この年は2.26事件や、直前には阿部定事件もあったのだが、末夫さんは淡々と山行記録を綴っているだけだ。 毎度、同じようなガイド調の文章が続くばかりなので、生原稿の転記はせず、著書から抜粋してみることにする。    山形・福島の火山群、東吾妻山縦走  吾妻山は…
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浅間山縦走

単独で登ってから、わずか三日後、末夫さんは再び浅間山へ向かった。 今回は「三人」とあるので、おそらく職場の同僚を誘ったのだろう。 それだけ前回は満足のいく登行で、感動を共有したかったに違いない。 では、昭和11年6月14日の記録を載せる。 浅間山は那須火山系に属し、上信国境に聳ゆる三重式火山で、今尚噴…
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浅間山 湯ノ平と黒斑山登攀

先月に反省したばかりなのに、気がつけば今月の更新が滞っていることに気付いた。 さすがにこれはまずい。 ということで、更新できなかった理由は多々あるのだが、言い訳はせずに、また末夫さんの原稿の転記をする。    浅間山 湯ノ平と黒斑山登攀 昭和11年6月11日(前夜発) 晴(時々くもり) …
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成田山サイクリング

末夫さんの原稿を転記しながら感じたのだが、今回は楽しい作業だった。 それは現在の発展ぶりを知っているからで、末夫さんが実用自転車で走った昭和十三年当時は、こんなにも長閑な場所だったのかと、思わずため息が漏れた。 今回は、末夫さんの著書「汽車が好き、山は友だち」 (参照1) (参照2) にも載っていない、自転車での日帰り小旅行だ。…
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江戸川堤サイクリング

 昭和も13年ごろになると末夫さんの家族に鉄道職員がひとりしかいなくなり、それまで使っていた家族パスがずっと少なくなり自転車での旅が多くなる。今回の自転車旅行で訪れる町に「関宿」がありよくこの名前を聞いたものだ。ことに「潮来の伊太郎」の唄がはやった頃、歌詞にある「ここは関宿 大利根川の~」というフレーズをよく口ずさんでいた。私にしてもこ…
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昭和十三年

八月十五日が過ぎると、メディアは一斉に沈黙する。 タレントのゴシップだけ追っていればいいものを、ワイドショーまでが「戦後六十五年!」を連呼していたが、そんなことなどもう知らないよ、とばかりに、テレビが垂れ流すのは、猛暑の話題ばかりだ。 靖国へ行く、行かないなどは、毎年繰り返される予定調和のようなもので、最近では左右の対立も、まる…
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三里塚サイクリング

 昭和13年の成田、三里塚と現代のそれと比べるべくも無いだろうが、作者が文中によく車上の人といっている車が自転車というのも時代だなーと感ずる。それでもこの地は作者である末夫さんがよく汽車で訪れ歩いたところでそれを自転車で自由に走れ回るのは確実に旅は違ったものになっていたはずである。目をつぶって高速も特急電車も捨てて少し想像してみると三里…
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猫啼鉱泉 御斉所街道 湯ノ田温泉 久慈川渓谷ハイキング

 阿武隈高地周辺にはたくさんの鉱泉が湧出している。今は鉱泉とは言わないようだがこれは温泉でなくて鉱泉でいいじゃないかと私は思っている。この鉱泉が近年お年寄り達に人気になっているようだ。母畑や湯沢などの温泉が有名になっている。末夫さんはこの地域はどことなくひなびた感じが多く残っていると話していた。ことに湯岐(ゆじゅまた)温泉は20年前の話…
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