テーマ:汽車が好き、山は友だち

昭和八年

昭和八年の原稿が2本続いたので、ここでその年の内容にも触れて置かねばなるまい。 書き進めていた時代からは数年さかのぼることになるが、末夫さんの著書「汽車が好き、山は友だち」から、八年の部分を抜粋する。 のっけから「役所に入って絶望した」とあって、現在の役人天国と比べれば、そんな時代だったのかと思う反面、給料は安くても、羨ましい悩…
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昭和十三年

八月十五日が過ぎると、メディアは一斉に沈黙する。 タレントのゴシップだけ追っていればいいものを、ワイドショーまでが「戦後六十五年!」を連呼していたが、そんなことなどもう知らないよ、とばかりに、テレビが垂れ流すのは、猛暑の話題ばかりだ。 靖国へ行く、行かないなどは、毎年繰り返される予定調和のようなもので、最近では左右の対立も、まる…
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汽車が好き、山は友だち

当ブログは今のところ70年以上も昔の記録をアップしている。 10年ひと昔というが、内容はかなり古い。 現在は昭和12年~14年にかけてのものを追っている。 それでも、軍靴の足音が響き渡る時代の記録を遺す作業は重要だとの認識の元、作業をやめるわけにはいかない。 では、いつものように末夫さんの文章を見てみよう。 時代は昭和…
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試行錯誤その2

末夫さんの原稿ファイルを見ていると、その中に以下のような「目次」がある。 昭和11年から14年にかけてのものだ。 以後も旅は続くので、14年の後半に一度、それまで書き溜めた原稿を整理したことが判る。 こちらはそれを元に、順次ブログへアップしているのだが、それでも原稿は目次通りには保存されていない。 これが混乱の原因で、エント…
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関東大震災

 東京に未曽有の大地震がおきたのは大正十二年九月一日で、その日は小学校四年の第二学期の始業式の日だった。  式が終り、家へ帰って昼飯を食べ、上野の山へ汽車見物にでも行こうかと家を出た途端、街角の電柱がいきなり私の頭にぶつかってきた。何がなんだかわからなかったが、向こう側の長屋の屋根瓦がザーッと滝のように落ちてきたのを見て地震だと気…
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関東大震災以前

 日清、日露の戦争に勝った日本は世界の一等国にのし上がり、平和博覧会を開いて内外に日本の力を示し、国内の不況による沈滞を打破することに努めた。しかし、一等国日本の庶民の生活はいっこうに改善されず、あらゆる面で立ち遅れていた。私の長屋など、溝(どぶ)のすえた臭いが立ちこめている路地奥にあって、衛生思想ひとつとってみても、ひどいもので、…
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平泉中尊寺

前々回にアップした「平泉迴遊」とは年代が異なりますが、順序としたらこちらの方が古いものと思われます。 しかし如何せん、年月日の記載がないので詳細は不明。 くだけた内容の旅行記とは違い、まるでガイドブックに掲載するような肩に力が入った書き方は、明らかに読み手を意識したものでしょう。 しかし当時の末夫さんがどこを見据え、何を目標に…
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始めの一歩

 私は北信州栄村秋山郷で「もっきりや」という小さな山小屋をやっている長谷川好文と申します。 今回このブログを立ち上げようとしたきっかけは亡くなって15年にもなる父、長谷川末夫の残した山と旅の戦前、戦中、戦後の記録を整理していたときに思いつきました。ただその記録が膨大でとても短時間で読みきれることが出来ません。そこで少しづつ皆様と一緒に読…
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