テーマ:福島県の山

四男の兄の見舞いに身重の妻と塩屋への旅 2

 もたげた旅心、平郊外の閼伽井岳へ  日立を出ると、これまでの汽車旅行で幾度も見慣れた常陸の海沿いを列車は走る。それは昔と少しも変わらない懐かしい風景だった。すると旅心がむくむくと頭をもたげて来た。昔の旅を思い、またいつ来られるかわからないと思うと、せっかくここまで出て来たのだから兄のところへは明日だっていいじゃないかと思い、…
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安達太良山麓の旅、芸者がくれた乾麺

 六月中旬、福島駅からバスで土湯温泉に出て、そこから歩いて土湯峠を越し、その日は沼尻温泉で一泊。翌日、安達太良山麓を歩いて赤木平を越え、本宮駅に出た。途中の高原の風光はすばらしく、スケッチなどしていたため、平野部におりたのが少し遅くなってしまった。駅へ行くまで食糧探しをずいぶんしたが、時間が遅くなったのと気が急いていたせいか、食…
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同僚Tの失恋と、阿武隈高地の旅

 昭和十八年は前年に比べたら、比較的旅をした年だった。そのきっかけは役所の同僚Tが失恋に悩んでいたときで、彼を元気づけるために正月休みに東北本線二本松駅から常磐線大野駅へと途中にある旭岳(日山、天王山1058メートル)を越え、雪の阿武隈高地横断の旅へと連れて行ったのだが、ちょっとしたことから帰りに少しまとまった食糧を手に入れることが…
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荒海山南壁登攀

前回アップした「案内人なしでは登れぬ南会津の枯木山と荒海山 後編」の元となった原稿。 これも戦中の貴重な資料として残すことにする。 判読できる部分だけ拾い読みしても、なかなか興味深く読んだ。 興味や関心があり、なおかつ時間の余裕がある方限定ですね。 でも、さまざまな物資が不足している時代であっても、役所の用紙を私的に使用…
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案内人なしでは登れぬ南会津の枯木山と荒海山 後編

 二日目の荒海山登山は行程が長いので、宿を午前二時起きして出立する。明るくなるまでに湯坂峠を越えてしまい、峠下からマス沢に沿って登る。途中に製炭事業地があり、そこまでは道もよかったが、その先は道がなくマス沢の源流を溯る。ここはものすごい悪場続きで、天に蓋をしたような、真っ暗な原始林のなかで見通しもきかず、幾度も冷汗を掻いた。 …
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湯西川温泉と枯木嶽登攀

前回、「案内人なしでは登れぬ南会津の枯木山と荒海山 前編」でアップしたものは、末夫さんの本からの抜き書きで、ずいぶん簡単なものだったが、今回はその元となった生原稿を載せる。 判読不能で転記を断念したものの、部分部分を拾い読みしてみると、本の内容より数倍も面白い紀行文になっている。 それだけに転記できなかったことが残念である。 …
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案内人なしでは登れぬ南会津の枯木山と荒海山 前編

 枯木山と荒海(あらかい)山の旅に出たのは、徴用から帰ってすぐの昭和十七年四月十日だった。山麓の湯西川温泉にその日じゅうに着くため、朝暗いうちに家を出て東武の浅草雷門駅まで歩いた。この非常時に山登りに行くなどと人に後ろ指を指されないように、額には鉢巻きをし、徴用時代の古い作業服を着て、地下足袋ばきにゲートルを巻き、リュックサックは大…
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会津 博士山登山

昭和15年5月の山行記。  私が博士山の存在を知ったのは小学六年生のときだ。勉強はできなかったが地理が好きで、とくに地理付図だけはよく見たものだ。その付図に奇妙な名称の山があった。その山は会津地方でただひとつ火山記号がついていて、ピョコンと突出している独立峰だった。いかにも秘境らしい会津の辺境にあったから、大きな地図でその…
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安達太郎山縦走(第二次)

 安達太郎山へは子供の頃父が毎年夏休みに連れて行ってくれた旅行で家族みんなで登った記憶がある。岳温泉の立派な旅館だったように記憶している。ちょうどペギー葉山が歌う「南国土佐を後にして」が流行っていた。その旅館の卓球場(あの頃の旅館には必ず卓球場が併設されていたようだ)で旅館の同世代の娘とピンポンなんかをした思い出がある。可愛い娘だっ…
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白河より湯野上へ 奥羽山脈南部横断

前回の「白河布引山 会津湯本温泉 二俣山縦走」を、今回は末夫さんの著書「汽車が好き、山は友だち」から、ダイジェスト版として抜き書きしてみよう。 目次を見ると、「白河より湯野上へ 奥羽山脈南部横断」とあり、昭和十四年五月、両夜行一泊三日の記録だ。  これは地図の上で探した秘境の旅だった。五月中旬、上野駅を出発。東北本線の白…
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白河布引山 会津湯本温泉 二俣山縦走

 一人旅の末夫さんはとにかくいろんな土地の人の話を聴くのが好きであったように覚えています。歩けなくなって車椅子で神社を見ていたときだったのだがすれ違う人に声を掛けて何所から来たかとか私はもう歩けないからだめだが等と話していた。  白河の西にある1000mに達しない布引山はこの記述を読む以上なんとも行って見たくなるコースだと…
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阿武隈高原縦走

 20年ほど前に末夫さんと兄と3人で阿武隈高原のこの辺りを車で走ったことがあった。あの時は平潟から湯岐(ユジュマタ)へ抜けたように記憶しているが末夫さんにどうしても連れて行けと頼まれたように覚えている。昭和13年頃のこの辺りの風景はこの紀行文で充分に伝わってくるけれど平成4年ごろの阿武隈高地も差して違わなかったように思えて、懐かしく…
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表吾妻日帰り縦走

このハイキングコースは前回とほとんど同様で、硫黄製造所跡より幕ノ場へ下る間だけが異なる。 そこで硫黄製造所跡までは前回の記事を参照してもらって、それより後のコースを記す事にしよう。 今回は、二年後に訪れた昭和13年10月2日の夜行日帰り記録。 では例によって、末夫さんの当時の記録を転記する。 (読みにくい部分は平易な表現に変…
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