テーマ:鉄道

買い出しに横行するキセルの手口

 切符地獄を何とか通りすぎても、つぎは混雑の激しい列車に乗るのが大変だった。往きはまだ大きな荷物(食糧)を持った人が少なく、デッキにぶら下がる覚悟さえあれば、列車に乗れないということはなかった。  さて、私たちの買い出しは一般の人のように特定の知り合いを頼って食糧をわけてもらうというのではなく、不特定多数の農家を訪ね歩いて物交…
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集団買い出しと列車地獄物語

 昭和二十年の冬、石炭不足から列車本数の大削減と乗車制限が行われたが、かてて加えて戦後の買い出しは戦前に比べて悪質な集団闇屋が多数乗りこむようになり、列車のなかは不法と暴力が支配する社会の縮図となっていた。  一方、そうしたなかで買い出しを目の敵にする警察の取り締まりも厳しくなり、汽車を利用する買い出しには、実に大変な苦労がつきま…
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常磐線での浮浪児と少女に見る戦後

 泉駅から常磐線の上り列車に乗る。混雑を覚悟していたのに、列車はかなり空いていて座席に座ることができた。しかし、途中から浮浪児のような三人の少年がウイスキーの瓶を片手に持って、ぐでんぐでんに酔っ払って乗りこんできた。  ウイスキーをすっかり飲んでしまうと、空になった瓶を肘かけで叩き割ったり、大きな声であたりかまわずわめきち…
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集団買い出しと列車地獄物語

膨大な原稿はあるものの、私の手元にはその半分の画像しかない。 画像も、ほぼ尽きた。 そこで、末夫さんの著書から抜き書きをしてみる。 今まではほぼ年代順にアップしてきたが、これからは順不同で進めて行こうと思う。 私は別の自分のブログも開設している関係で、空いた時間にぼちぼちやるしかないので、どうかお許し願いたい。 話は一…
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昭和十四年

 旅の協力者・父の死  昭和十三年も暮れ、来年は少しはよくなるかと期待をかけたが、昭和十四(一九三九)年になると、戦時色はますます濃くなった。正月早々、近衛内閣が総辞職して平沼内閣が成立し、近衛さんは無任所相として協力する形になった。一方、政府部内や学者グループに進歩分子がおり、これらを粛清する事件があったり、二月には海軍の海…
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