仁連の宿でやくざの殴り込みに遭う

明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。

さて、新年早々から、まだやくざの話が続いております。
かなり不本意なのですが、末夫さんの著書を連続して転記している都合上、仕方ないこととお付き合いください。
m(__)m


仁連の宿でやくざの殴り込みに遭う.JPG
 つぎに私の出遭った恐ろしい経験は、やくざ同士の殴り込みに巻きこまれた事件である。その日は役所の同僚と二人連れだった。のんびりと猿島の秋を楽しみながら一泊して二回分の物を集めようと出かけたときのことである。

 買い出しをすませて、夕方、仁連の旅館に着き、玄関の板の間に腰を下ろしてズック靴の紐をほどいていると、幌つきの古いフォードがさっと入口に停まった。見ると柄の悪い男が十人も鈴なりでステップにまで片足をかけて乗っている。車から降りると彼らは私たちを尻目に二階へどやどや足音も荒く上がって行った。

 そのなかに若い女が一人混じっている。見ると都電の女車掌の着る黒っぽい制服を着、車掌用の切符入れのバッグを首からぶら下げていた。おそらく都電の女車掌をやっていた人にちがいない。

 彼らと同宿することに一抹の不安を覚えたが、彼らは二階であり、私たちは一階の奥まった部屋だったので、部屋へ通されたときにはその不安は消えていた。夜になって、持って来た麦飯の弁当を食べながら、明日の予定を相談していると、部屋の前の縁側の雨戸を蹴破って足音も荒く三人の男が私たちの部屋へ駆けこんで来た。

 血相をかえた形相はもの凄く、どこかに血の臭いがした。見ると一人の男は日本刀の抜き身をぶら下げ、もう一人は猟銃をかまえ、三人目の男は仕込み杖を持っている。縁側にはまだ二、三人の男が匕首でも呑んでいるのか胸に片手をつっこんで、なかのようすを窺っている。

 外にも大勢の人の走りまわる足音が聞えていた。部屋に入って来るなり日本刀の男は鋭い目つきで私たちを睨みつけ、
「てめえたちは仲間か!」
と怒鳴りつけた。あまりにも突然だったので吃驚仰天して満足に口もきけなかったが、
「私たちは買い出しに来た者で仲間などではありません!」
と、がたがた震えながらやっと答えると、男たちは部屋のなかをじろじろ見ていたが、やがて、
「二階だっ!」
と叫んで土足のまま縁側を走り、二階へ駆け上がって行った。

 その直後、二言、三言怒鳴りあう声が聞えたかと思うと、ガラスの割れる音、窓を蹴破って屋根へ逃げ出す音、瓦の割れる音、衣を裂くような女の悲鳴と、この家がひっくり返るような騒ぎになった。どうなることか、あまりの恐ろしさに、弁当を食べようとしても箸に飯がひっかからないほど手が震えている。

 騒ぎはものの十分も続いただろうか、いちおうおさまって、やれやれとほっとしたのも束の間、さっきの日本刀を持った男と、フォードに乗って来た連中の親分らしい男が二人で下へ降りて来て、
「ちょっと部屋を貸してくれ」
といいながら、強引に私たちの部屋へ押し入って来た。そして私たちの前で胡座を組んで二人が向かいあった。談判が始まったのだ。

 私たちは部屋の隅に追いやられ、小さくなって震えていたが、日本刀の男は畳の上に抜き身をぐさりと突き立てて、
「人の縄張りへ来て勝手に賭場を開くとは何事だ!」
と、やくざの道に反した相手の行為を語気鋭くなじった。

 一方、フォードに乗ってきた親分は諸肌ぬぎになって、これ見よがしに背中一面に彫られた般若の入れ墨をひけらかし、
「俺たちは東京向島の××組(芝何とか組といったようだが、はっきりした名前は忘れた)の金看板を背負って立つ”般若の辰”とは俺のことだ! てめえたちが俺たちのすることにちょっかいを出すなら、東京の親分が黙っちゃいねえ。すぐにでも子分を三千人連れて来て、てめえら一人残らず叩っ切るがそれでもいいか!」
と逆ネジを食らわせた。

 けれどもこっちで見ていると、その般若の辰という男はがたがた震えていて、背中の般若がべそをかいているように見え、やくざの親分らしい貫禄は少しもなかった。ところが日本刀を持った男のほうは、地元のやくざにちがいないが、実に堂々と微動だにしない貫禄である。

 私たちはそのうちに血の雨が降るんじゃないかと思ってオロオロしたが、そうなったら買い出しどころではなくなって、現場に居合わせたというだけで、参考人として警察へ引き立てられ、役所に対して顔向けができなくなるのではないかとだいぶ心配したが、いくら無法者のやくざでも自分の身はかわいいと見えて、おたがいにただ脅し合いをしているだけで、血の雨が降るような事態にはいっこうになりそうもなかった。けれども地元のやくざが絶対優勢だった。

 そのうちに五十年配の和服姿の別の親分がやって来て、
「ここは俺に任せろ」
といって、二人を外に連れ出した。やれやれとほっとしたのも束の間、こんどは子分らしいチンピラやくざが数人、私たちの部屋へそっと入って来て、
「今夜はここに匿ってくれ」
という。

 部屋へ入って来るなり押し入れのなかへ潜り込んで息を殺している。外には地元のやくざがこの家を取り巻いているようで、彼らは逃げ出すこともできず、掴まったら半殺しの目に遭わされると怯えきっていた。そのうえいつ家捜しに来るかもわからない。
「もし誰か来たら、おまえさんたちの買い出し仲間だといってくれ、な」
と頼まれた。

 チンピラやくざはそれから一時間ほどすると、押し入れからのこのこ出て来た。そして彼らとの薄気味わるい同居が始まった。彼らは先刻の騒ぎの恐ろしさで興奮が覚めやらず、一晩中、「俺はなんでこんなやくざになんかなったんだろう!」とか、「こんなことをやってると、いまに殺されてしまう」とか、「お袋や親爺にずいぶん心配をかけたが、いまごろどうしているだろうか」などと、銘々、譫言のようなことをいってしくしく泣きはじめた。

 そして明け方三時ごろ、彼らは一言の挨拶もなくこそこそと部屋から逃げ出して行った。そんなわけで私たちもその夜はほとんど眠れなかった。

 これだけの騒ぎがあったのに、翌朝、宿のなかはきわめて平穏無事だった。宿のおかみさんは、いつものとおり私たちを送り出してくれたが、きのうのことは何もいわず、ふだんと少しも変わったようすはなかった。腕首に白い包帯を巻いているのが着物の袖口からのぞいていた。すぐ近くに駐在所があったが、窓にはカーテンが下りていて誰もいないようだった。

 一泊二日の買い出しにはこうした恐ろしい事件もあったが、そうした後は必ず物の入手がよくて、このときも二日間で持ちきれないほど集めることができたが、取り締まりがありそうだという村人の噂を聞いて、三分の二は農家へ預けて帰って来た。

 〈 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 〉



※ 物騒な話はまだまだ続きます。
  m(__)m
  転記、太田



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