買い出しに横行するキセルの手口


 切符地獄を何とか通りすぎても、つぎは混雑の激しい列車に乗るのが大変だった。往きはまだ大きな荷物(食糧)を持った人が少なく、デッキにぶら下がる覚悟さえあれば、列車に乗れないということはなかった。

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 さて、私たちの買い出しは一般の人のように特定の知り合いを頼って食糧をわけてもらうというのではなく、不特定多数の農家を訪ね歩いて物交するので、予定の食糧を手に入れるまでにはかなりの時間がかかった。私が一人で自転車で買い出しに行くときは、広い猿島郡内を車で走りまわれたが、汽車で行くとなると歩きまわらなければならないから、稼働時間を少しでも長くとるため、三回目からは夜行列車を利用して出かけるようにした。

 しかし、これほど厳しい切符制限をしているにもかかわらず、列車はいつも超満員なのが私には不思議でしかたなかったが、ある日の夜行列車で闇屋の一団が切符なんか買ったことはないと、聞えよがしに話しているのを耳にしてその疑問が解けた。

 それによると、彼らは国電区間の切符で夜行列車に乗って、降りる駅は目的地に近い淋しい小駅を選び、列車がその駅に着くと、夜陰に乗じて駅舎とは反対側へ飛び降りて田畑や山林のなかへ一目散に逃げこむのだという。

 しかし、取り締まる駅側でもこうした不正乗車にそなえて、真夜中に列車が着くと、十人ぐらいの駅員を狩り集めてホームに棍棒を持って立たせておくのだそうだが、何十人と一度に降りる闇屋がてんでんばらばら、蜘蛛の子を散らすように四方八方に逃げるので、五人や十人のへなへな駅員じゃ、一人だって掴まえられないといって笑っていた。

 そして、帰りには先方の闇仲間に近距離切符を買っておいてもらい(地方から都内への直通切符はなかなか買えなかったが、近距離切符は簡単に買えた)、それで列車に乗る。降りる駅では出迎えの運び屋がこれまた国電の切符を用意していて、闇屋はそれをもらって改札口を通り、運び屋は定期で降りる寸法だというのである。

 その話を聞いて、いくら切符の発売制限をしても乗客の減らないわけがわかった思いがしたが、同時に正直に切符を買うことが馬鹿らしくなり、私もその手を使ってやろうと考えた。

 買い出しの中心地猿島郡八俣村へ行くには東北本線の古河(こが)駅か間間田(ままだ)駅に降りるのだが、八俣村に近い古河は町なかの大きな駅で、切符なしでは降りられそうもない。ところが、間間田は淋しい小駅で、下り線の左側に駅舎があり、反対側(八俣村側)は畑と山林となっているうえ、上野を出た最終列車がここに着くのは真夜中だったから、闇屋のいっていた薩摩の守を決めこんで逃げるにはうってつけの駅だった。

 そして、以後、私たちもたびたびこの手を使ったが、このキセル乗車(正確には、下車駅で切符を渡さないのだからキセル乗車よりももっとたちの悪い不正乗車)はいつもうまくいった。

 帰りは近距離切符で乗るか、切符の買えないときにはホームの陰に隠れていて、列車が入って来ると強引にホームに駆け上がって列車待ちの人の群れに紛れこんで飛び乗った。そして上野で降りるときには通勤パスで改札口を通過した。

 私の妹の連れ合いも一緒に買い出しに行ったが、失業中でパスのなかった彼は帰りに駅に降りるときには競馬場によくいる地見屋のように、ホームの床を探して歩き、落ちている、まだ有効な国電区間の切符を拾って、それで出た。こうした切符は不正乗車の多かったそのころ、広い上野駅の構内にはずいぶん落ちていて、探すのにそれほど苦労もしなかった。

 不正乗車をしたのは私たちばかりではなかった。当時の列車の乗客のかなりの人々が不正乗車をしていたせいか、私などこうした不正行為をしても、少しの罪悪感も持たなかった。なぜなら極端な食糧不足に私たち国民を追いこんでおいて、買い出しも自由にできない、切符は発売制限してやくざまかせという政府のやり方に、大勢の国民がえらく腹を立てていたからで、飢えて死ぬことと天秤にかけて考えれば、これもやむを得ない自衛策とわりきったからだ。

 それに当時の列車のなかはいつも満員だっただけでなく無法地帯でもあったから、二人や三人の車掌では、検札をしようにも絶対に不可能だった。鉄道側でもこうした不正や不法をある程度承知していて、それがあまりひどくなった夏ごろから武装警察を出動させてその取り締まりを行うといったが、私など一度も警官の姿を見たことはなかった。

 それに夏になると石炭事情はだいぶよくなり、去年削減された列車も徐々に元に戻って、切符の購入も正規の窓口で朝早く数時間行列する気なら買えるようになっただけでなく、他の小さな駅にも切符の割当てがあることがわかり、上野で買えないときは急いで他の駅に行けば手に入ることもあった。

 そのためどうにも買えないときだけ、非常手段としてキセル乗車の買い出しをするようになっていった。しかっし、行列の割り込みは依然として多く、そのために血みどろのトラブルもよく起こった。私など命が第一と考えていたから、そうした不法を見ても何もいわないでいたが、四人も五人も割りこまれて切符の買えなかったことも何度かあった。

 こうした汽車の買い出しによる列車の地獄は、往きの汽車を降りたところで前半は終る。それから帰りの汽車に乗るまでのあいだは、私にとってはむしろ楽しいひとときとなった。
 〈 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 〉


※ 転記、太田



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この記事へのコメント

2019年10月10日 22:28
お元気ですか?
気落ち玉も復活しました。
こちらは、コメント欄も閂下ろしていないので
書いています(#^.^#)

波迫る瀬石の秘湯秋夕焼 みなと
管理UNION
2019年10月17日 12:39
いつもありがとうございます。
最近はネットから意識的に離れてアナログ生活しております。
言い訳にもなりませんが、お返事が遅れたことをお詫びします。
現在は台風19号の後始末に追われてます。

ごぜ唄も哀史となりて風は秋

句作からもずいぶん遠ざかりました。
m(__)m

瀬石温泉はかつて道東を回ったときに訪ねましたが、
満潮時だったので泣く泣く諦めました。(涙)