シャベルや鍬、蝋、焼け跡に物を拾う


 物をもらったり、拾ったりするといえば、役所の倉庫の焼けた地下足袋の底ゴムをもらってきたのもその一つだが、三月の大空襲の後、焼け跡から鉄の車輪を拾ってきて手押し車を造ったのもその一つで、空襲の合間を見ては朝早くから夕方遅くまで、この手押し車を押して不足する燃料を補うために焼け跡をほっつき歩き、焼け木杭を拾い集めた。

 焼け跡は、見ようによっては、小さな宝の山でもあった。それはほかでもない、どこの家でもたいてい一つや二つは持っているシャベルとか鶴嘴、鍬、ハンマー、金槌の類で、これらは火を被っていても、柄さえつけかえれば十分使えるものだった。私は少し手を加えさえすれば、農機具不足に悩んでいる農家は、きっと欲しがり、食糧と取り換えてくれると思ったから、まさにそれが宝の山に見えたのだ。そして焼け木杭と一緒に金物を一つ二つと拾っては持ち帰った。

 そうするうちに、あそこには大きな金物屋とか瀬戸物屋があったはずだ、そこならもっとたくさん拾えるだろうと、役所の帰りによく友人と掘り出しものを探しに行ったけれども、そうしたところは誰でも目をつけていると見えて早い者勝ちで、私たちはいつも後手を引いて、物交の足しになるようなものはほとんど手に入らなかった。

 また東京の都心がやられたとき、焼けビルの調査に行った同僚が、ビルの地下室に溶けた蝋がたくさんあるから拾いに行こうと誘いに来たことがある。喜んで私もついて行き、泥に埋まっていた蝋を掘り起こし、大きな紙袋にいっぱい詰めて帰って来た。このときも地下室に入った途端に、死体の、あの嫌な臭いがあたりに漂っていて、とても無気味だった。

 私は家に蝋を持ち帰ると、六センチ角のボール紙で作った箱に溶かして流しこみ、太い糸を撚って芯にして植えこむと、多少泥が混ざっていたが、すばらしい蝋燭がたくさんできた。停電の多かったこのころ、蝋燭はとても役に立った。

 そして物交にも持って来いの品物だとわかると、二日後、友だちとふたたび取りに行ったが、すでにそのときには誰かが持ち去った後とみえて、ひとかけらの蝋も残っていなかった。

 空襲で都内の食糧倉庫が焼けて、半焼けの米をたくさん拾って来たという話をよく聞いたものだ。これはずいぶん羨ましかったが、その幸運にめぐりあったことは一度もない。しかし、四月だったと思うが、少しそのおこぼれにあずかったことがある。その日、役所から帰ると、焼け米をたくさん拾って来たという人に町で出会った。場所を聞くとリュックを背負って自転車で飛んで行った。行き先は坂を上がった丘の上だったから、たぶん本郷か小石川だったと思う。

 私が気違いのようになってそこへ駆けつけたときには、もうあらかた持ち去られた後だったが、真っ黒になった米が焼け跡にまだ少し残っていた。私はそれを選りわけて、よいところだけをリュックに掻き集めて持って帰った。そして、その日の夜から妻にも手伝ってもらって、一週間がかり選りわけ作業をし、三升(4.5キロ)ほどの半焼けの米を得ることができたが、いかんとも焦げ臭くて閉口した。捨てる気にもなれず、主食の代替品(高粱、玉蜀黍、大豆粕、麩、食用粉等)よりはましだと、配給の主食に少しずつ混ぜて食べた。

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 こうした焼け跡の物探しも、六月末で終りだった。燃料がわりの焼け木杭もなくなり、焼けビルに人が住み、焼け跡に濠舎やバラックが建ち、家庭菜園などやりだすと、むやみに入りこんで物を探すなどということができなくなったからだ。
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 まだこれは焼け跡ではないが、日比谷公園の片隅に無理矢理供出させられたアルミの食器類やバケツなどが山のように積み重ねて置いてあった。穴をあけて使えなくしてあったが、毎日のように行われる竹槍訓練のたびごとにその山を横目で睨んでいたのだが、いつまでたっても放置されたままだった。すでに兵器に利用する暇もなくなっていたのかもしれない。

 私は毎日それを見ていて、これだけたくさんあるのだから、なかには穴をあけ忘れたものもあるかもしれないと、七月の中ごろの夕方、それをひっくり返してみた。すると下のほうに長さ八十センチ幅五十センチほどの肉の厚いアルミのバット(料理用の大きな入れもの)が無傷のまま埋まっていたのと、少し凸凹になったアルミのバケツが三個あった。

 私はいったん家に帰り、夜になるのを待って自転車でこれを取りに行った。そして翌日、その品物を自転車に積み、川越に持って行って押麦八升(10.8キロ)に取り換えたが、そろそろ食料不足がひどくなってきた時期だけに、ずいぶん助かった。そのアルミの山は終戦後もそのまま放置されていた。

 このように当時の私にはどんなものでも、品物を見るとそれが食べものに見えた。食べものに見えないものは品物ではなかった。道を歩いていても、たえずあたりを見まわす癖がつき、少しでも食べものになりそうだと思うと、見栄も外聞もなく拾って来た。

 〈 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 〉


※ 転記 太田


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