案内人なしでは登れぬ南会津の枯木山と荒海山 後編


 二日目の荒海山登山は行程が長いので、宿を午前二時起きして出立する。明るくなるまでに湯坂峠を越えてしまい、峠下からマス沢に沿って登る。途中に製炭事業地があり、そこまでは道もよかったが、その先は道がなくマス沢の源流を溯る。ここはものすごい悪場続きで、天に蓋をしたような、真っ暗な原始林のなかで見通しもきかず、幾度も冷汗を掻いた。

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 この山も頂上が次郎岳、太郎岳の二峰にわかれており、マス沢を登りつめると、次郎岳に辿り着く。製炭事業所からここまで苦闘すること、実に五時間もかかってしまった。ここから国境尾根を太郎岳に向かうのだが、稜線上は原始林こそなくなって、しばらくは見晴らしはよくなかった。地を這う灌木と、ところどころに露出する巨岩の上を渡って進むので、その豪快さは言語に絶するものがあったけれど、目前に見える太郎岳に着くのに二時間も要した。

 山頂はここも小広い草原だった。静寂と清浄な山頂は天女の舞い遊ぶ神苑を思わせる。枯木が間近に懐かしく望まれる。展望は昨日の枯木山とほとんど同じだった。

 帰りは山頂を東方に超えて、ヨモギ沢を下る。ここもひとかたならぬ悪沢で、沢を下りきったところにある入山(いりやま)鉱山まで三時間もかかった。入山鉱山からは立派な道となったが、中三依(なかみより)についたのは夜の七時をすぎていた。この日は途中の休憩時間を入れても、約十六時間も山の中を歩きまわったことになり、いままでにこれほど凄い山に登った経験はなく、それだけに登って来られた喜びは大きかった。

 その夜は中三依に泊まり、翌日、案内の老人とわかれて、私は会津西街道を新藤原へ戻った。案内人には一日二円の日当を払った。湯西川では一泊三円を二円にしてくれた。中三依では一泊二円、米一升(1,5キロ)持参したが、半分残った。

 〈 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 〉

※ 転記 太田

   
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