安達太郎山縦走(第二次)


 安達太郎山へは子供の頃父が毎年夏休みに連れて行ってくれた旅行で家族みんなで登った記憶がある。岳温泉の立派な旅館だったように記憶している。ちょうどペギー葉山が歌う「南国土佐を後にして」が流行っていた。その旅館の卓球場(あの頃の旅館には必ず卓球場が併設されていたようだ)で旅館の同世代の娘とピンポンなんかをした思い出がある。可愛い娘だったのだろう、よく覚えている。翌朝登り始めた僕らはくろがね小屋へ向うそこの少年と一緒になった。小学生で学生服を着たその子はしっかりとした歩みでいつも僕らの先を歩いていた。いい思い出である。
 末夫さんの記録もだんだんと読みにくくなって太田さんには迷惑をお掛けしているのだけれど今回の「安達太郎山付近図」だけを拡大してみていると「くろがね小屋」という記載がない。まだなかったのだろう。それと沼尻硫黄鉱山や沼尻鉄道の記載を見るだけでもいいだろう。昭和14年といえば末夫さんは30代前の元気のいい頃だったようだがその息子の私は倍以上の歳をただ重ねてしまったようだ。(長谷川)


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安達太郎山は海抜1,700mで、その名の起りは安達郡第一の峻峯で有るからだ。
山頂は五峯に別れ、和尚山、本峯、鉄山、鬼面山、ミノワ山と、その豪壮なる姿が南から北に連っている。
東北本線の列車が二本松を通かしようとする車窓の西方に、その屏風の如き雄姿を見ることが出来、又、阿武隈や吾妻を旅する者の目にも、たえずその美しい姿を見せている。
縦走路の途中に於ては他の山々の如き幽玄なる原生林のうれしさはないが、山頂付近のあの高山植物咲き乱れる草原や、限りなき焼石の原、又、怪異凄惨なる溶岩噴積の山頂は、実に安達太郎の持つ特異なる美しさであろう。

山頂の展望も又、実に素晴しい。然るに今迄全くこの山に對する何らの記事をも私はみたことがない。
そればかりか安達太郎と云っても、その存在とてもそう多くはないであろう。
私はこの山の不遇に対してマンクウの同情をせざるを得ないのである。
今この山の唯一の縦走路たる岳温泉より、沼尻温泉へ出るコースに就いて拙い筆を走らせてみよう。
この縦走は土曜の晝に上のを出発して、その日は岳温泉に一泊し、翌日山へ登る一日半の旅にするとよい。
然し、上のを最終の二つ位前の列車で出発しての日がえりコースとしても、少しも苦しい旅ではない。

二本松駅に下りたら岳温泉迄はハイヤーもあるが、我々健脚者は歩く可きである。
駅前の道を一丁程も前進すると道は陸羽街道に突当たるから、こゝで左へと、東京方面へと進むがよい。
長く大きいが、田舎らしい二本松の町を通り抜けて、道が東北本線のすぐそばを通る様になると大壇の部落につく。
こゝで右へと岳への県道をとるのだ。
こゝは有名な二本松の戦争があった所で、古壇口古戦場と云ひ、右手の丘上にその石碑が立っている。
道は浅い丘陵の間をゆるやかに進む。
行手には安達太郎の雄偉なる山容が雲表にそびえて、たまらない登行欲をそゝらるゝであろう。
静かな山ノ入の部落をすぎると、道は一寸した峠をこして原の部落にと入る。
こゝから丘陵帯はやうやく山らしくなって、左手に原瀬川が美しい姿を現すと道はすぐにこれを渡って、羊ちょうたる急坂にとなり、安達太郎の溶岩台地への上りで有る。


※ この時の山行は末夫さんの著書にも載っていない貴重な記録だが、以下、残念ながら判読不能につき、転記はこれにて断念。(太田)

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