黒川山 青梅街道サイクリング


 国家の非常時のもと、徴用や先行きの不安で私にはやりきれない思いの日が続いた。こうした不安定な生活から逃れて、一時でも心を安らげるためには、やはり旅をするしかなかった。昭和十四年も自由な旅を加えると、かなり旅をした。自転車旅行と、鉄道を辞める間際に次兄がとってくれた家族パスによる汽車の旅、贅沢といえば贅沢だが、ほかに生きる術を知らない私にとって、旅は必要不可欠な栄養源だった。そうしたなかの主なものをつぎに記してみよう。
 < 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >

画像  画像

今回は昭和14年4月25日の記録である。
(黒川鶏冠山山頂小祠の写真は、1995年2月11日撮影のものを使用)

画像

画像

画像

画像

画像

画像

画像

以上は元原稿。
次に、本になった文章を載せる。

 柳沢峠、黒川山の山岳サイクリング

 四月下旬、中央線塩山駅まで夜行列車に乗り、早朝、駅を出発、青梅街道を裂石(さけいし)から柳沢峠に登る。黒川山(鶏冠山-けいかんざん-)を縦走して落合に下山、奥多摩渓谷を走り、氷川、青梅と通って夜半、東京上野の自宅に帰る。走行約二五〇キロの夜行日帰りの山岳自転車旅行だった。

 塩山町から裂石まで道はよかったが、その先が沢沿いの小路となり、ほとんど上りで三分の二は車を押し上げ、約四時間かかって峠に着いた。柳沢峠(1,472メートル)は青梅街道の最高地点で、頂きには人気なく静かななかに明るい樹林を通して秩父の山々がよく見えた。甲州側には盆地の上に漂うがごとく南アルプスの高峰が連なっていた。

画像
 柳沢峠から道は東方のひときわ高い黒川山へと尾根を進むのだ。高い山の上の尾根道だから決して楽ではないが、おりからの新緑と見晴らしのすばらしさで山岳サイクリングの醍醐味を十分に味わう。目の前の東嶺を越え、さらに尾根を乗り越え二つほど峠をすぎると黒川山の山頂に着く(1,710メートル)。途中で落合に下る小道あり、自転車をおいて、単身、山に登る。頂きは二峰にわかれ、三角点のある峰は樹林が濃く展望はよくないが、もう一つの峰は展望百パーセントである。北方には雲取山から奥秩父の巨岳が屏風のように連なり、南方には富士山がみごとだった。

 下山はいったん先刻の自転車をおいてあるところまで戻って丹波川(-たばがわ-多摩川上流)の谷に向かって下りる。道はかなり急下降だが約一時間用心して下っていくと、たいしたこともなく山を下れた。丹波川を渡って落合の寒村に着く。ここからふたたび青梅街道を川に沿って下るのだ。山深く緑の原始林はいよいよ濃く、渓谷は仙境のような繊細な美しさを見せている。街道は幅五十センチほどの小道だが、整備がゆき届いていて自転車で走り下れる。落合を出て奥秋(おくあき)の部落まで、まったく人家のない山のなかで、多摩川の上流にこれほどの深山があるとは思えないほどだった。船越橋付近が絶景である。

 鴨沢をすぎると東京府で、川の名は多摩川にかわる。川幅もしだいに大きく谷は深くなり、女性的だった渓谷は男性的で荒々しい様相を呈する。仰ぐと山が高いため空が解けた帯のように細く見えた。小河内(おごうち)をすぎ氷川の町に入ると道は舗装されていて下り一方となる。昔は青梅から小河内までよく夜道を歩いたものだが、六時間以上かかった道を二時間ちょっとで走り下った。青梅からしだいに山はなだらかになり、平野部に入る。それでも上野の家に辿り着いたのは夜半になっていた。

 < 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >


画像末夫さんはさらりと書いているが、塩山から柳沢峠までの登りは羊腸として苦しい行程だ。
なおかつ、戦前の実用自転車を押してのことだから、ひたすら頭が下がるとともに、苦行を苦行とも思わずに進むその原動力の根源を冒頭の文章から知ることができる。
同時に、原文と本になった両方の文章を読むと、甲州裏街道の青梅街道が、まだ丹波山村から先、塩山近くまで未舗装の人道であったことに驚き、隔世の感を覚える。
また、このルート中で有名な「おいらん淵」の記述がないので、当時の道は現在の国道411号線とは違った位置に付けられていたと思われる。
昭和14年といえば、すでに小河内ダム(奥多摩湖)建設工事が始まっていたはずだが、まだまだ多摩川上流部の激流は岩を穿ち、谷を食む流れとして健全かつ自然な姿で、末夫さんを感動させている。
そして末夫さんが現在の青梅の町や青梅街道を見たならば、また違った意味で感慨深い思いをするだろう。

※ 現在、黒川山は「鶏冠山」または「黒川鶏冠山」と表記されるのが一般的だが、原文に従った。


記 太田

画像
                    青梅駅構内

画像
                    青梅赤塚不二夫会館

画像
                    昭和レトロ商品博物館





ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 2

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント