顔振峠 高山不動 黒川鉱泉

 この頃の所沢や川越、飯能、吾野がずいぶんと遠いところだったように感じられる。70年ほど前なのだからそうだとしてもこの時代の自転車は遠乗りでサイクリングではないと僕は思う。もっともその頃の末夫さんは30代の元気盛りで今時の人間とは違っているとしても、僕は真似する気持にはなれない。車で走るのも大変なのだろうと感じてしまう。ここに出てくる武蔵野鉄道は今の西部池袋線で当時吾野まで通じていた。
 秩父の小林ムツさんをNHKが長い間撮影していたけれども、顔振峠や高山不動、秩父の山々は急峻で谷が深く人が暮らすには不便な所でそんな地で長く生きたムツさんのドキュメントには心が震えた記憶がある。それならばひとつ気を引き締めて車ではあるが高山不動から顔振峠を見てみたくなった。

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