常野丘陵サイクリング


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此のサイクリングは常磐線友部駅より笠間町をへて仏ノ山峠を越え茂木町に至り、那珂川畔を走って大宮、太田、小戸と出るコースで、途中の丘陵的風景が実に良く、又、名勝史蹟に豊んで居るので、此れから3、4月頃のサイクリングには実に良い。
気の合った同士2・3人でするとよい。

上野を一番の列車に乗ると、友部には8時40分頃に着くで有ろう。
駅に降りたら駅前の道を右へと折れ、踏切を越すとすぐ水戸より笠間に通ずる県道に出るから、此を左へと進む。
少し走ると道は丘を下ってすぐ宍戸の町に入る。
道は此れより水戸線の右手に沿ひ、軽い上下を繰返しつゝ走る。
手越の部落を出ると道は再び小さな丘を越すが、此こから前方に美しい吾国・加波の連峯が見え、眼下に笠間の大きな町が現れる。
坂を下り切るとすぐ道は二分する。
左は駅への道だから右へと進むとすぐ笠間町に着く。
此處には有名な笠間稲荷が有るから、一寸参拝するとよい。
社殿は町の中央、茂木へ到る県道の右手に在る。
胡桃稲荷と書いた大きな石の標柱が立っていて、参道の両側には多くの石灯籠や鳥居が立並び、隋神門を潜るとすぐ本殿で、社殿壮大で可成り殷盛な社殿で有るが、周囲は町家が立並び、樹木が一本もないので一寸神厳な気に欠けているのは惜しい。

参拝を了えたら再び車上の人となり、神社前の茂木への県道を走る。
町の出外れ、古町と云ふ所で右へと折れ、道は仏ノ山峠への緩かな登りとなる。
前方には仏ノ山を盟主とする丘陵的山地が連り、実に美しい風景だ。
暫して片庭の部落に入るが、此處に仏頂山楞厳寺と云ふ寺が有って、天然記念物「片庭の姫春蝉」の勝が有る。
此れは体は小さいが声が非常に大きいので有名な物で、日本中此處だけにしか居ないと云ふ珍しい蝉だ。
又、此の寺の山門は特別保護建造物で有り、又、笠間城の開祖、藤原時朝の墓なども有るから一寸見て行くと良い。

扨(さて)道は此れよりやうやく勾配が加って、とても自転車では走れない。
約30分、羊腸たる道を上り、片庭最後の部落を出ると、すぐ仏ノ山峠の頂上に着く。
峠は大きな切通しになっていて眺望は良くないが、峠の一寸手前からの展望が実によい。
傍に碑などが有って、一休みするに適当な場所だ。
扨峠を一歩下るともう栃木県で道は一気に下るが、再び丘陵的山地の間を緩に下る。
暫すると前方に那須の秀峯が雄然と我等を迎えてくれるで有ろう。
道は小貫、下小貫と眞に純朴な山村を通り、上飯で益子への県道と別れ、右へと尚も下る。
振返って見ると今、越え来たりし仏ノ山の低い連峯が高原の様に盛上がって、段々と高くなって行く。
山合の平地の上に浮び、一寸八ヶ岳高原から見た南アルプスを思わせる様な美しさで有る。
北高岡を過ぎると道の左手を流れていた川が右手に移り、道は其のすぐ渕を通るので川の渓谷が美しいが、すぐ眞岡線の踏切をこし益子よりの道と合し、線路の左手を走るとすぐ茂木の町に着く。
茂木は煙草の名産地で、六、七月頃には附近一帯の煙草畑が見事で有る。
一先づ此こで小憩昼食でもして出発するとよい。

太田への道は此れより省營バスの路線に沿って行くので有る。
町を出ると再び絵の様な美しい丘陵の間を緩に下る。
馬門を過ると両側の山が急に迫って右手を流れる。
飯野川の渓谷が実に美しい。
階段状になった川床は一寸木曽の寝覚の床を小さくした様な美しさだ。
道は此の美しい渓谷に沿って下るが、飯野を過ぎると一気に那珂川の谷へ下る。
坂を下り切るとすぐ那珂川橋で川を渡り右折し、道は此れから那珂川沿となる。
道の右手に浅い丘陵によって挟まれた巾の広い大那珂川は限りなき美しさで、悠々と流れている。

道は軽い上下を繰返しつゝ進み、賑かな長倉を過ぎ、金井を過ぎ、更に川沿に走ると次は野口の町だ。
此處で省營バスとも別れ、更に左へと進むので有る。
町を出ると道は再び上りとなる。
坂の途中より背後に日光の男体山や女峯の高峯が雲表に聳えて見え、目下には大那珂川が羊腸として銀蛇を横たえて美しい。
坂を上り切ると道は丘の上に出でゝすぐ三美の部落に着く。
此處で道は二分するが、何方へ行っても良い。
今此處では左の道を説明しよう。
道は再び山合を緩に上るが、すぐ此れを上り切って一気に玉川村へと下り此處で右折し、村の出外れで水郡線を踏切り、途中で小さな丘を越すとすぐ大宮町に着く。
太田へは町の中央四辻の所で左へと入るのだ。
道は再び此處で丘陵を下り、すぐ久慈川を渡る。
橋上より見る久慈川は大した事はないが、左手遥上流に阿武隈の名峯男体山が魁偉な山容をして屹立しているのは見事だ。

道は此れより丘陵の右裾に沿って走る。
花房で此れを横切り、更に広い田を横切るとすぐ久米の部落に着く。
道は此れより再び丘陵へと登る。
道が此の丘を越え様とする所から右手の展望がよい。
今迄忘れていた筑波加波の巾の広い山塊が、低い丘陵的山地の上に浮び、右手には阿武隈の込入った山脈が聳えて見える。
此處で最後の展望を楽しみ、一歩峠を下ると道は一気に太田町に下る。
太田には有名な西山荘と瑞龍山が有るから是非見るとよい。
西山荘は今下って来た久米村の道が丘を越えて太田町に入らんとする所から右へ5丁程入ればよい。
入口には大きな石碑が建っているからすぐ判る。

西山荘は水戸光圀公の隠棲した所で、其の建物の粗末で有るのに驚く。
屋根は茅葺、壁は荒壁のまゝで上塗りを施さず、天井板も節穴だらけだ。
長押も柱も皆丸味の有るものばかりで、一本として完全なものはない。
本当に雨露を凌ぐ程度に過ぎない。
此れを見ても如何に義公の偉大な人物で有るかゞ察せられる。
非常時の折柄、是非とも見るべきものだ。

瑞龍山は太田町より約4粁、棚倉への県道を約1粁程走った所から左へと入る。
此處にも大きな指道標が有るからすぐ判る。
瑞龍山は水戸家の代々の城主の墳墓の有る所で、此處に義烈両公の墓が有る。
鬱たる樹林で囲まれた山の中に無数の立派な墓が有り、皆仝一の形式なので、どれが義公烈公の墓だか一寸判らない。
墓地の入口に墓守が居るから案内してもらうとよい。
墓の中には支那の学者、朱瞬水の墓も有る。

扨、墓に詣でたら再び太田に戻り、太田駅より汽車に乗るも良いが、5里の道を水戸へ走っても2時間、足に自信の有る者は此れより久慈町に至り、海岸沿に村松の虚空蔵に詣で、磯崎の国幣中社酒列(さかつら)磯崎神社に参拝して水戸へ出るも良いで有ろう。


※ (転記 太田)


 今回の記事も友人の努力で読み易い文章を起こしていただいてどうにかその風景が読んでいる方に伝わるようになって、私は感謝感激なのであります。
 さて今回の「常野丘陵」という地区なのでありますが筑波山以北から栃木県芳賀郡を含んで茨城県茨城郡那珂郡を指して言うのであろうがいくら調べてもその場所が特定できない。読み方も「じょうや」なのか「じょうの」なのかさえ分からない。思うに常陸の常と下野の野でそう呼ばれた土地だとは理解するが何時頃までそう呼ばれていたのかはちょっと調べてもいいように思う。
 ところで最近はサイクリングの番組も多いようだからこれを読んだ方も想像しやすいのではないかと思っている。私は古い旅行本や地図を広げて末夫さんの足跡を追いかけるのが楽しみになっている。しかし、今時の人の脚力とは比べようもなく、昔の人たちは体力があったんだとも思っている。このコースもいいコースだと思う。



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