丹沢 熊木沢遡行


管理画面にログインしてみれば、今月もまた更新が滞っていることに気付いた。
さすがにもう言い訳はしない。
申し訳ない、と思うだけである。
要するに、開き直り…。
m(_ _)m


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さて、今回は昭和十三年六月の記録である。
丹沢主脈縦走から二年が経っている。
原稿の転記をするには時間がないので、末夫さんの著書から抜き書きする。


 丹沢山塊の高峰檜洞丸(1601メートル)に登りたくて六月上旬出かけた。ところが、まだ西丹沢の山にはまともな道がなく、訪う人もほとんどいなかったので、山小屋の番人に危険だと止められ、すぐ近くにある熊木沢にコースをかえたのだ。しかし、熊木沢も丹沢山中の難険の一つで、崖が崩れやすく危険な沢として有名だった。沢登りはそれまでしたことがなかったけれど、ここまで来て引き返すのも癪だし、初めての沢登りに挑戦してみた。

 小田急線の新宿駅を朝七時に出発し、渋沢駅で降り、行手の丹沢山塊をめざして歩きだした。大小の峠を越え、最奥の宇都茂の集落へ出て、ふたたび中津川の谷を歩き、雨山峠を越して一気に下ると、谷底に玄倉川が流れている。熊木沢はこの上流にあり、ここまでほぼ一日がかりで、その山の深さには驚いた。近くに営林署の有信休泊所がある。ここは山小屋ではないが頼めば泊めてくれる。そこからの丹沢主嶺は前面に長く高く屏風のように立ちはだかっていて、登ろうと思う熊木沢は白い帯となって稜線からほとんど垂直になだれ落ちている。果たしてこの沢に登れるだろうかと、初めて見る沢の凄さに胸中、不安いっぱいになり、夜もよく眠れなかった。

 翌朝、一か八か、ひとつやってみようと四時ごろ出発する。出発に当たって沢に詳しい小屋番の小宮さんによくコースを聞いた。彼は用心すれば大丈夫、これから沢を登るという別の登山者と一緒に行けといってくれた。大きな石がゴロゴロしたなかを登っていくと、やがて沢が二手にわかれる。左へ登るのが熊木沢で、一直線に蛭ヶ岳(1673メートル)の直下に延びている。右手は箒杉沢で、大きな沢だが、一面落石に埋まり、千年の巨木が押し流され、無惨に朽ちて凄惨な光景を呈している。熊木沢も同じ状態で、下から見ると絶壁のように見えるが、取り付くと案外楽に登れる。しかし勾配は登るにつれて増す。うっかり岩に触ろうものならグラリと動くので、沢のへりを木や草につかまりながら登っていく。箒杉沢との出合いから約一時間半で西沢と東沢の出合いに着く。ここで右の東沢に入る。このあたりから沢は小さくなり、斜面はいっそう傾斜が強くなる。石の上を渡るときなど、動きやすくてうっかりできない。それだけではない。木の根、草の根なども、よほど確かめてつかまないと、枯れていて、引っ張った挙句、折れたり、すっぽぬけたりして、千仞の谷へ転落する恐れがある。一歩登るのも命がけだ。しかし、この危険を乗り越える張りつめた気持ちには何ともいえない緊張感と充実感がある。

 やがて行手に鬼ヶ岩の絶壁があらわれる。沢を埋める巨石の群れ、巨大な倒木の散乱、まるで鬼が暴れまわった後のような凄惨な空気が漂う。この岩の崖下をすぎると、沢はふたたび二分する。こんどは右へ沢を登る。急斜面はいっこうに衰えず、四十五度以上の角度で続く。いままで一気呵成に登ってきたので、ここらで一休みと下界をふりかえると、沢は垂直に流れ落ちる滝のようにその底が見えず、小屋を出るときあれほどいた遡行者の姿はなく、私たち二人だけだった。危険を感じて引き返したのかも知れない。

 私たちはさらに用心を重ねて登って行くと、沢はようやく緩やかとなって草付きとなり頂上尾根はすぐ目の前にあった。沢は鬼ヶ岳と蛭ヶ岳の中間の鞍部なのだ。草を分けて這い上がると、尾根を歩いていたハイカーが悲鳴を上げて逃げ出した。獣でも飛び出して来たと思ったのだろう。彼らは私たちの登ってきた沢を見下ろして信じられないような顔つきをしていた。

 有信休泊所から約五時間、悪戦苦闘の末、私には不可能と思っていた悪沢の遡行にに成功した気分は何ともいえなかった。同行の人と別れ、主尾根づたいに丹沢山を経てのんびりと歩き、往路の渋沢駅に帰って来た。
 
 < 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >



かつて私も末夫さんとほぼ同じルートを登ったが、確かに「ヤバイ」と感じた個所は多かった。
有信は、今では「ユーシン」と表記され、丹沢湖へ注ぐ玄倉川の川相も、玄倉ダムが出来たことで、当時とはずいぶん変わったのだろう。
昭和十三年の景観はどうだったかと、こうしてパソコンに向かいながら想像してみるだけである。


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私は末夫さんのように記録はほとんど残さないが、丹沢を卒業して十数年後、子供を連れてドライブがてら出掛けた折の玄倉川の写真が残っている。
この数年後、まさにこの場所で悲惨な水難事故が起きた。
暴れ川として昔から知られた川だった。
東や表に比べて西丹沢の谷筋はどこも急峻で、少々の降雨でも下流は常に鉄砲水の危険を秘めている。
それでも上流にダムさえなければ、結果は違ったものになっていたかも知れない。
不可抗力に近いことにまでも、まだまだ社会は何かにつけて「自己責任」を云々する風潮がある。
それが残念だ。(太田)


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