浅間山縦走


単独で登ってから、わずか三日後、末夫さんは再び浅間山へ向かった。
今回は「三人」とあるので、おそらく職場の同僚を誘ったのだろう。
それだけ前回は満足のいく登行で、感動を共有したかったに違いない。
では、昭和11年6月14日の記録を載せる。


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浅間山は那須火山系に属し、上信国境に聳ゆる三重式火山で、今尚噴煙を天に沖している。
附近には吾妻山、白根山、榛名山等仝系の火山が噴起している。
登路は信越沿線、沓掛、追分、御代田、小諸等から有るが、沓掛より小諸への縦走が面白いもので有る。

沓掛へ朝四時頃下車したら、駅前の広い道を進むので有る。
中仙道を横切って、やがて道は湯ノ川に沿って行くので有る。
途中で小さい部落を過ぎて、一寸上ると千ヶ滝の遊園地に到る。
道は左側に浅間の高峯を望みつゝ行き、やがて途中で二つに分れる。
右は自動車専用道路で、左の旧道を辿る。
途中、千ヶ滝の分岐点に至る。
千ヶ滝はこれより約十五丁左手の谷の下で有るが、わざわざその滝を見に行かなくても、少し先に行って旧道の上からもその上部を見ることが出来る。

道は更に樹林の中を緩に上るが、この上りが実につまらない苦しい上りで有る。
峯ノ茶屋は草津街道が浅間の根腰を越える所で、浅間越えの頂上に有る此處で自動車道と合する。
此處より見た浅間山の偉容は実に雄大で、浅間を望む最も良い所であろう。
尚ここには火山研究所が有って、浅間火山の多種の資料を一堂に集め、一般の人々に無料で見せている。

浅間への登路はここよりほとんど一直線に頂上目差して上るので有る。
目前右には一千六百米の小浅間が噴起し、道は其の左裾を巻いて上り、二ノ鳥居を過ぎると樹林は次第になくなり、上りにくい焼砂の上を登る。
途中で全く一木一草をも付けない全くの焼石原となり、三ノ鳥居を過る頃は登路の傾斜は急に加り、道らしきものは全くなく、只頂上目差しての直線登攀となる。
此の登りは実に爽快で有るが、其の反面には又実に苦しい上りでも有る。
小浅間山などは目下に横たわり、遠く右手には鋸齒状の赤褐色の鬼押出の岩を望む。

峯ノ茶屋、分去(わかされ)茶屋より其れをつなぐ草津街道が一線を画き、六里ヶ原の限りなく拡るを見る道は益々高度を加へ、傾斜いぜんとして止まず。
前面を見るとき丁度中空に留れる如き觀が有る。
焼石は上る程大となる。
故に実に苦しい。
道は先ず小前掛の円形の山の右へ取付き、ここに一寸した平地が有る。
此處迄来れば最早頂上は目前で、其の眺望の偉大なる点は全く目を驚かしむるべきで有る。
又今迄の労苦は一掃され、此れより再び前面の本山へ最後の登りをくりかへすので有る。

浅間の頂上に立って先ず驚かされるのは、其の凄惨な火口で有る。
其の周囲約一里に及び、晴天なれば其の内部を充分に見る事が出来る。
火口壁は直下数百米もの切立った溶岩壁で、火口底は黄色の土で覆はれ、切立った様な火口壁の割れ目よりは白煙もうもうとして立こめ、其の瓦斯を吸へば非常に苦しい。
其の有様は只々凄惨と云ふばかりで、他に形容の語がない。
火口周囲は鬼押出の方面が最も低い。
山の最高点は二千五百余米で有る。
頂上よりの眺望は、実に一望千里に及び、目下に低連する上信国境の鼻曲より浅間隠を望み、鬼押出目下に有り、六里ヶ原、田代湖又見え、岩菅、白根、吾妻等の高嶺。
其の右に上越の連峰を望み、赤城有り榛名有り関東の平野有り。
更に目を転ずれば奥秩父連峰、八ヶ岳立科山より美ヶ原連峰有り、日本北、中央、南のアルプス雲表に聳え、富士又高く、目前又近く籠ノ登山、湯ノ丸を望み、菅平高原をも見る。

下山路は前掛山の右手へ下り、更に目下に拡る湯ノ平へ下る。
登路は頂上付近では全くなく、只前掛山、小前掛山等を見当に下るより方法がないから充分注意を要する。
湯ノ平迄下れば後は一面の草原帯となり、道も明瞭で迷ふ心配はない。
浅間山は峯ノ小屋の方よりは仝コース焼石で覆われているが、小諸側は湯ノ平迄で、他は美しい草原と森林ばかりで有る。
此の点、実に黒白の差がはっきりしている。
湯ノ平は美しい草原で、海抜二千米。
夏期七月頃には一面に美しいスズランの群生を見る。

湯ノ平を下るとすぐ火山館が有る。
右手には黒斑山の岩はだを見上げ、左には牙山の犬牙を望む。
道はこの間を蛇堀川に沿って下るのである。
牙山の下には峯ノ小屋と云ふ山小屋と気象測候所が有る。
長坂の急坂を下り切ると、あとは楽な下りで有る。
途中には七尋石などの巨石が有るが、主として風景は平凡で、沓掛口の様な豪壮味はない。



さて、今年も後わずかとなり、この一年、当ブログの更新も途絶えがちであったことを反省している。
それもこれも、原稿の読みづらさから来るものだと、勝手に解釈している。
いつも生原稿の写真を載せてはいても、まったく改行のない文字が細かく見にくく、おそらく100人が100人、どなたも読んではいないだろう。
そうなれば、原稿を転記して載せるしか方法がない。
しかしこの作業が遅々として進まないのだ。
今となっては貴重な戦前の紀行文であり、それを現代の人に伝えようと始めたのが当ブログである。
始めたからには、当時の記録を確実に遺したい。
仮に、原文を忠実に載録できなくても、せめて概要は載せなければいけない。
そんな固い決意と、軟弱な更新速度で、来年もまた続けて行く。
要するに、問題はこちらサイドが多忙か暇かで決まるんですね。

とにかく、必ず次の更新はある!
これだけは断言して、今回の締めくくりとします。(太田)



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この記事へのコメント

クサカル
2011年01月27日 21:12
毎年軽井沢ばかり行っている者です。浅間山にも3度ほど登っています。そんな私にとって、浅間山といえば、沓掛口しか知りませんし、他から登ろうなどと考えたことすらありません。そういう意味で、本ブログには非常に感銘を受けましたし、昔の浅間山を知ることができて非常に嬉しかったです。

>二ノ鳥居を過ぎると、~三ノ鳥居を過る頃は~
なんと!、昔は峰の茶屋から登る登山道にも鳥居があったんですね!!

>尚ここには火山研究所が有って、~一般の人々に無料で見せている。
東大の火山研究所って峰の茶屋からの登山道の入り口にあるんですけど、一般人も入れたんですね!!今はどうなんでしょう!?

>前面を見るとき丁度中空に留れる如き観が有る。
そう!本当にそうなんです!!3度も登ったのもこの感覚を味わうためと言っても過言ではないでしょう。ザレ場の直登なので本当に苦しい登りですが、疲れて後ろを振り返ると、もう本当に感動の光景が広がっていて、疲れも吹っ飛んでしまうんですよね。あと、沓掛口の魅力は朝登ると太陽が浅間山全体を照らしてそれはもう荘厳な美しさで...。これは追分とかから登った時には絶対に味わえない感動です!!

>夏期七月頃には一面に美しいスズランの群生を見る。
私はいつも秋の初冠雪直前に登るんですが、夏にも登ってみたくなりました。本当にあの湯の平は、雲上のユートピア、桃源郷だといつも思うのですが、夏には一面スズランが生い茂るんですか...。一度は夏にも登るしかありませんね!!!ブログ応援しています!!頑張って更新お願い致します!!!
管理UNION (N)
2011年01月28日 03:39
コメントありがとうございます。
何しろ更新頻度が遅いもので、「多分どなたも読んではいないだろう、ならば気が向いた時にだけ自己満足的にボツボツ進めよう」と、悪循環に陥っていました。
深く反省しております。

浅間は一歩進めば半歩ズルッと下がる忌々しい山ですが、その苦行の報酬として、素晴らしい絶景をプレゼントしてくれるんですね。
クサカル様がおっしゃる通り、感動で疲れも吹っ飛びます。
私も夏季に登ったことがないので、今でもスズランの群生があるかは分かりませんが、湯の平は最高に気持ちの良いところであることに全く同感です。
私は勝手に「天上の楽園」と名付けています。

更新のことですが、あまりにも古い原稿なので、中には判読できないものも多く、そんな時は駄文でお茶を濁す場合があります。
画像のダウンロードはフリーなので、もし気になる画像があれば、取り込んで拡大してご自由にご覧下さい。

応援ありがとうございます。頂戴したコメントで、これからもブログを続けていく励みになりました。
クサカル様も楽しい登山をお続け下さい。