昭和十三年


八月十五日が過ぎると、メディアは一斉に沈黙する。
タレントのゴシップだけ追っていればいいものを、ワイドショーまでが「戦後六十五年!」を連呼していたが、そんなことなどもう知らないよ、とばかりに、テレビが垂れ流すのは、猛暑の話題ばかりだ。
靖国へ行く、行かないなどは、毎年繰り返される予定調和のようなもので、最近では左右の対立も、まるでメビウスの輪をループしている感じがしないでもない。

先の大戦では多くの人命を犠牲にしたが、同時に、レストアされないまま、多くの真実も犠牲になった。
それでも、個人や団体の言論や思想信条が保障されている現代は平和なのだろう。
ひたすら危機を煽る人たちもいるが、およそ100年も外交の下手な政治が続く日本は、世界の中でよく生き残っているものだと感心する。

経済では、発行部数を減らし続ける新聞各社が、足並みを揃えて消費税増税のキャンペーンを張る。
大企業の広告収入を恃みとする提灯持ちだから仕方ないが、本音はそれに乗じて我も我もと法人税減税の恩恵に与ろうと考えていることが透けて見えてしまっている。
法人税減税もいいだろう。
だが、新聞はその本音をひた隠しにして消費税増税ばかり主張するから、財政危機だけを聞かされるこちらは、うんざりするばかりだ。
その「うんざり組」が離れた結果が、発行部数の現象と見て間違いはあるまい。
次第に洗脳されていくのは、思考停止した人がほとんどだろう。

いくらオピニオンリーダーを気取っても、新聞社だって、しょせんは一民間企業に過ぎない。
テレビも同様。
メディアに正義や正論を期待すると、立場の弱い人は、どこへ連れて行かれるか分からぬまま破滅させられる危険があるから、充分な用心が必要だ。
電波利権や記者クラブなどの既得権益を死守するためなら、メディアは簡単に政、官にすり寄って媚を売り、権力と寝る。
六十五年前と、メディアの本質は何も変わっていないではないか。

でも、ここまで国の借金を作ったのは誰なんだろうね。
税収が増えたバブル期に直接税減税を行った政治家たちは、本来、実行しなければいけない「財政健全化」を放棄し、財政再建の千載一遇のチャンスを逃してしまった。
直間比率だけ欧州並みにした意味や政策が、私にはいまだに理解できない。
消費税にしたって、直接税の税収を増やし、それでも足りない分を間接税で補う、これが経済の基本だろう。

二十年前、政治家はこうして最低の悪政を推し進めてしまった。
そのツケが償却できないどころか、政、官、財そろって、消費税増税論議を後押しする現実がある。
そして今、急激な円高を傍観しているだけの政府と日銀は、国民に信頼されているとでも思っているのか。

外交も駄目、経済も駄目。
声を上げても相手にされない我々中高年は、余生にどんな落とし前をつけて逝けばいいんだろう。
人は現世利益だけを求め、常に信じたいことだけを信じて生きるから、どこまで行っても結論は先送りされる。

みんな、自分のことで精一杯だから、こうして意味のないことを綴っても始まらない。
これを平和ボケというのだろう。
一方で、末夫さんは昭和十三年を迎えている。
この年は、ナチス・ドイツがオーストリアを併合し、国内では、あの有名な津山三十人殺しの起きた年だ。
現在の「平和」どころか、これからいよいよ暗黒の時代に向って行く。
また、末夫さんの本から抜粋してみよう。


 昭和十二年の後半、楽しい旅から帰って来て、また非常時という坩堝のなかに組みこまれると、そのつらさがいっそう身にしみた。翌十三年の元旦早々、水戸―大洗―鹿島浦―鹿島と敬神サイクリングをして、日本の戦勝祈願に走った。しかし、近衛首相の「蒋介石を相手とせず」という声明が一月に出て、日支間の成り行きがさらに不安になった。
 アメリカをはじめ欧州各国の支那支援もあって、敵も決して負けてはいなかった。日本国内への戦禍の波及こそなかったが、国民への締めつけは、しだいに強くなっていった。街には出征兵士の行列がいままで以上に続き、軍歌が流れ、千人針はいっそうさかんになった。「贅沢は敵だ」、「貯蓄報国」、「堅認持久」、「長期建設」等の看板が目につくようになり、四月に国家総動員法が制定され、あらゆるものが軍に握られ、兵隊に関係のない私などもいつどうなるかわからなかった。一方、軍需産業はますますさかんとなり、そのあおりで軍需インフレが高進した。日本が非常時らしくなってきたのに、一方では見えないところで軍人、官僚、資本家が金を儲けすぎたのか、連日連夜の料亭政治がさかえ、大きな料亭は連日満員だった。仕事の帰りに赤坂や新橋を通ると、門前に送り迎えの車が行列をなしていた。私は好きな旅も控えて三度に一度はやめたのに、これを見るとばかばかしくなって旅ぐらい思う存分やろうと思ったものである。
 さらにわれわれの周囲では、メーデーの全面禁止、左翼思想の弾圧が強化され、うっかりしたこともいえなくなった。また重要物資である綿糸、揮発油、ガソリンなど三三品目の使用制限が始まり、綿製品は販売禁止になり、新聞、雑誌は用紙制限が強化され、石炭は配給制で、生活必需品の入手も不自由となった。こうなると闇がさかんになり、母は品不足と闇値に悲鳴を上げたが、私は貧困時代を送ってきたから、あまり痛痒を感じなかった。学校出の雇用制限が行われ、あのひどかった失業の時代が嘘のように思えた。各官庁では下駄ばき登庁が許可になり、世は代用品時代で、ランドセルまで紙にかわり、贈りものの廃止、弁当持参など、生活簡素化が通達され、駅などの人力車廃止、バスもガソリンから木炭自動車にかわった。内地では婦人のモンペが大はやり、パーマは自粛で女性美は薄れ、男は長髪もさらば、戦闘帽が流行した。七月の事変記念日には一汁一菜主義も強制され、五円、三円の慰問袋を買わされた。また、うれしいことは五月に東京帝国大学の航空研究所の長距離機が長距離飛行で世界記録を作ったことだった。そして十月、武漢三鎮の占領で提灯行列が行われた。
 七月になって職員引き止め策から、私の役所でも月給を上げて一ヶ月四十円となり、雇から技手補に昇進したことはうれしかった。しかし仕事は増えたが収入はその割にはかわらなかった。この年の春、長兄が鉄道を辞め、まだ不安定な満鉄に転職して大陸に行った。三人も鉄道に勤めて鉄道一家といわれていたわが家も、いまは次兄ただ一人になってしまった。次兄は隅田川にあった車両修理工場の検査員をしていたが、この年の夏、肩が痛いといいだし、乾性肋膜炎の診断をうけて、以来、ときどき鉄道を休むようになった。

< 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >

 
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 私はもう家族パスももらえなくなるだろうし、旅もできなくなると覚悟した。私には汽車賃は高いという固定観念があって、運賃は知らなかったので、実際にどのくらいかかるものか調べてみた。上野から青森まで往復で十五円、仙台までが九円、白河五円少々で、これなら少し小遣いを倹約すれば、年に数回の旅はできないこともないと思うと少し気が楽になった。そんなわけで昭和十三年の汽車旅行は、日帰りの小旅行を除けば、それまでのようには行けず、あとは自転車で旅をするくらいだった。しかし、山へ登りたいという気持ちは抑えきれず、自転車を利用して山へ登ったり、泊まりがけで長旅もしたりした。
 やっと手に入れた現在の安定だった。月給も四十円となったし、世帯を持っても贅沢さえしなければ月五円の貯金もできるようになった。戦争はあったけれど、この安定した生活がいつまでも続けばいいと思ったものだ。「苦しいときは旅をしろ」、それは少年時代に自ずから身にしみついた確信だった。汽車には乗りにくくなったが、自転車ならいくらでも旅ができた。

< 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >


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人間は、常に同じ過ちを繰り返して来た。
それを「歴史」という。
戦後生まれが大半となった今、戦争体験を知る人たちの話は貴重だ。
それでも、戦争を体験した人たちがすべて亡くなるあと数十年も経てば、この国は、またぞろキナ臭いを放つのだろう。
まず、国民がいて、国家が成立する。
その逆は、絶対に有ってはならないと、強く肝に銘ずることだ。
人間は、常に誤謬を繰り返すどうしようもない存在なのだと、謙虚に認識することだ。

さて、夏枯れしたテレビは、12月8日まできれいさっぱり戦争を忘れ、これからはスズメバチの恐怖を煽り、万引Gメンに密着し、紅葉シーズンのJAFの活躍などを垂れ流し続けるのだろう。
それにしても、戦争を扱った映画やドラマは、どうして長髪の兵士を登場させたり、度の入ってないメガネを掛けさせたり、蒸気機関車の上に架線を写し込んだり、昼光色の照明で民家の居間を照らしたりするのだろう。
このお手軽加減が、国民の意識レベルとシンクロしているとでも、本気で信じているのだろうか。
平和ボケした連中が、平和ボケの国民を増殖させている。

真実を知る手掛かりは、戦争体験者に直接聞くのが一番だ。
被爆者から、核武装の声が上がらない現実を、国民すべてが厳粛に受け止めるべきだ。
戦争体験者の声を、もっともっと聞かなければいけない。
残された時間は限られているのだ。
それが叶わぬなら、せめて、末夫さんのこの本を読もう。
と、最後は手前味噌で締めくくる。(太田)


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