八幡平から籐七温泉へ


 前回の「八幡平登山」からの続き。


 さて山頂の快をつくしたら、いよいよ下山だ。道はまず籐七温泉へ一時間、見晴らしのよい高山帯を緩やかに下る。時間に余裕があれば入浴していきたいところだ。ここから松尾鉱山の専用鉄道屋敷台駅までは、ゆっくり歩いて五時間はかかる。途中に人家はなく八幡平のなだらかに延びた高原の上を歩いて下るのだが、あまりにもすばらしかった前半の景観に比較して少し飽きる道だった。松尾硫黄鉱山はわが国有数の硫黄鉱山で、この深い山のなかにポッカリと口を開けたような街の大きさに驚く。鉱山専用の列車はマレー型の巨大機関車に引かれて岩手山麓を花輪線大更駅へ連絡する。
< 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」 より抜粋 >


画像


藤七温泉へは再び元の見晴台へ逆ってから行くので有る。
道は八幡平の扁平な尾根を、青森トド松の樹林を潜って行くので有る。
(八幡平は他の山岳の如く、一塊の岩石をも見る事は出来ない。只、眞黒な土の固りで有る。八幡平の成因を考ふるに、噴火に際して噴出した熱泥の山積したものではないだろうか。現在未だ活動している泥火山を見ても、そううなづかれるので有る。それがため、道は可成り悪い。雨水がたまって、まるで沼の様になっている所が有るから、予め用意をして置かぬと靴などはドロだらけになって、用をなさない様になってしまう)
途中にも二三、小さな池が有る。
漸くして目下に藤七温泉の家屋の見える地点に出る。
こゝで八幡平の広大な高原と別れて、一気に下るのだ。
前方に岩手山が、更に雄大に視野一ぱいに見え、右手にはすぐそこに近く丸い頭をニユーと出した畚岳が美しく聳えている。
途中で八合目よりの道と合して、更に下る。
とても急激な下りで有る。
少し行って道は二分し、右は畚岳に行く道で有る。
もし時間に余裕が有れば、こゝからわずかで有るから、これに登って見るがよい。
遠くから見た所はとても良い山で、山を歩く者に取って、実に多大の誘惑を感ずるで有ろう。
これから更に一しきり急坂を下ると籐七温泉に着く。
こゝもやはり湯は豊富で、所々に噴出している。
温泉の右手、一丁程行った所に、奇岩怪岩の名勝、蓬莱境が有る。
籐七温泉は、蒸ノ湯とは全く異なった味のする所で、旅舎の設備もとゝのっているが、何となく都会風な、金を使はせよう的な臭いのするのが嫌で有る。
八幡平から畚岳に登れば、こゝで一泊せねばならない。
籐七温泉より屋敷台へは、所要時間約五時間を要する約十六粁で有る。
道は八幡平に源を発する一ノ又川に沿って下る。
途中より川と離れて下るが、緩な下りで有る。
大揚沼を過ぎて、漸くして夜沼川を渡る。
此れから少し行った所で、松尾に到る道と別れる。
此の道を取って松尾に出れば、そこから家敷台迄はバスが有るから、いそぐ時はその方が近いだろう。
家敷台へは未だ此の分岐点より八粁で有る。
更に右手の小路を下るのだ。
途中、大長根で右手に岩手の秀峯を望んで景色はよいが、他はすべて森林帯であきあきする程長い家敷台の附近で松川温泉よりの道と合し、漸くして家敷台の部落に入る。
こゝからは花輪線大更駅へ松尾鉱山の軽便鉄道が有る。
松尾鉱山は日本一の硫黄鉱山で、一訪の價値は充分に有るだろう。
軽便鉄道に乗って、最後のコースを大更に向ふ車窓には、巨人の如くそゝり立つ岩手山が、無事に終った此の旅を祝福してくれるで有ろう。

(附記)
本縦走コースは八幡平の主脈を縦走せるもので有るが、未だ八幡平に散在する多くの温泉群の一部を見たにすぎない。
又、国見温泉や鹿湯や蒸ノ湯、籐七温泉等の諸温泉をはじめ、此の地方の温泉は一泊三食制ではなく、部屋代と寝具損料と食料とを各別にしている。
浴客の大部分が寝具や食料持参で来るためで有る。
然し自炊を嫌ふ者には、最近食堂が出来て、食事をする者は予め申込んで居くと、食堂では一日三度、其の時刻が来ると鐘をならして食事を知らせると云ふ、一種変った事をやっている。
室料と寝具料は各々二、三十銭の安さで有るが、食費は高い。

此のコースは大体四日では無理な旅で、一般の人にはすゝめ得ない。
然し、下に示す様な日程で行ふならば、きわめて楽な旅で有る。

上野―橋場…仙岩峠…国見温泉(一泊)…駒ヶ岳…田沢湖畔(一泊)…下田沢…上田沢…玉川温泉(一泊)…新湯(鳩ノ湯)…鹿湯(一泊)…又一鉱山…後生掛…蒸ノ湯(一泊)…八幡平…籐七温泉(一泊)…家敷台―大更―上野



今でも八幡平は自然の宝庫であり、その周辺の温泉は鄙びた風情で多くの人を惹きつけている。
それでもこの昭和12年当時の原稿を読むと、現代からは想像も難しいほど、さまざまな魅力が散りばめられていた土地であり、場所であることが判る。
記述こそないが、山深い宿には蚤や虱もいただろうし、過ごす上で不愉快なことも多かったに違いない。
もちろん電気もなければ食品の保存にも限界があったはずだ。
記述がないのは、生活インフラが整わない中では当り前のことだからであって、それらを差し引いて読まなければ、当時の様子は単なるノスタルジーで終わってしまう。
だが、そんなことを念頭に置いても、この旅行記が少しも色褪せることがないのは何故か。
軍靴の音が日増しに大きくなり、時代はどんどん窮屈になっていく。
それほど切実ではないかも知れないが、平成大不況を生きている我々が安息を求めるのは、こんな慎ましやかな旅なのかと思う。
おそらく誰もが感じているだろう現在の閉塞感を解き放つヒントが、この75年前に提示されていると感じるのは穿ち過ぎだろうか。

登山や温泉旅行は、ブームを通り越して常態化している。
旅をすれば何かが変わると思うのは錯誤だとしても、登山や旅から得るものは少なくはない。
旅の魅力を綴るのが当ブログのコンセプトであるからには、引き続き、著者である長谷川末夫の足跡を追い続けることが必要だと考えている。
昨今は海外旅行よりも国内旅行の方が割高である。
何だか奇妙な話だが、それならそれで、著者のように慎ましく日本中を見て回りたい。
まだまだ国内には魅力あふれる知らない土地が多い。

さて、時刻表を開いて(駅すぱあと、などのオンライン情報はもっての外である)旅の計画でも立てようか。
たとえそれが空想の中でも、旅は旅なのである。(太田)




ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント