玉川温泉まで


 前回の「鳩ノ湯まで」からの続き。

 ここでお断りしておきますが、これは昭和12年の記録です。


 道は長く、まったく密林のなかで、約四時間心細い思いをしたが、やがて川が二手にわかれ、右が本流、左が鹿ノ湯からくる渋黒川になる。道はその中間にあり、尾根に登る五十曲の険にさしかかった。森林鉄道は右へと本流沿いに行き、土工たちもいなくなって、やっとほっとした。五十曲の急坂はいっそう深くなる原始林の下で、歩くこと約三時間、悪戦苦闘して、ようやく鹿ノ湯に着いたときは生き返る思いだった。鹿ノ湯では有名な北投石を見るだけで泊まらず、蒸ノ湯まで先を急いだ。
< 草思社発行 長谷川末夫著 「汽車が好き、山は友だち」より抜粋 >

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扨、五十曲りの入口で道は更に玉川川を遡上って、又口小屋より泥火山に到る道と別れて、左へ羊腸たる五十曲りの坂道を上がる。
(今迄は平坦な道であった)
此の登りは可成りの苦闘を要するが、此れを上り切ると幾分楽になる。
平場ノ沢を過ぎると、道は二つに別れる。
右へ行くのが旧道で、左へ行くのが新道だ。
然し旧道は最早明滅しかけているから新道を行った方がよい。
此の道は鹿湯から出る渋黒川の毒水排除のために設けられた排水溝のそばを行くもので、上り下りがなく平坦な道を行くのであるから実に楽だ。
鹿湯に近付くと今迄執拗に覆っていた密林が熊笹帯となり、渋黒川の谷が見えて来ると道はすぐ鹿湯より流れて来る毒水の沢に下って、打当砂子沢方面よりの道と合して鹿湯温泉に着く。
玉川部落を朝四時に出発したとして、十一時迄には着くだろう。
鹿湯は玉川温泉とも云ひ、重畳たる交通不便な山の中に有る。
然し仲々設備のととのった温泉だ。
摂氏90度と云ふ熱湯が、毎分90キロリットルとは一寸驚かされる。
温泉の背後には白茶けた硫黄の河原の様な所が有る。
往時、山塊が爆発した所で、今尚噴気が盛んだ。
湯は前記の通り非常に豊富で、其の大部分は渋黒に流れて毒水となっている。
湯は酸性泉でリユマチス、呼吸器病に効き、草津と仝様に激烈で、内部の病毒を外部に誘導して治すのだと云はれている。
又此こにはラヂウムの放射能を豊富に持つと云ふ天然記念物北投石が有るから見て行くがよい。
そう忙ない旅ならば、此処で一泊するとよい。



 著書にもあるように、末夫さんは玉川温泉には泊まらなかった。
 現代の感覚で捉えれば、スケッチする時間があるなら、ひとっ風呂浴びればと思う。
 その間、連れの妹はどうしていたのだろう。
 

 去年、下の新聞広告が出た。
 どうしても行ってみたかったが、玉川温泉はあまりにも遠い。
 おまけに、といっても、これが一番の要素なのだが、お金も時間も無かった。

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 「北投石」も気になるし、ラジウム温泉にも入りたい。
 そこで、東京周辺で探してみた。
 見つけたものの、実際に出掛けてみると、まるで銭湯のようだった。
 (その時の詳細はこちら

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 訪れたのはこの一度だけなので、効果は不明。

 次回、「蒸ノ湯温泉」へ続く。(太田) 


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