春の思い出旅行記 金沢へ


★ 2002年 3月29日 (曇り)

 
 長野県の北に住む私にとってこよなく旅が好きだった父親の影響か中学の頃からよくひとり旅に出たもので、それは中央東線の下諏訪から和田峠を越えて小諸に歩いたのが始まりだったように記憶している。その頃中央東線は確か下諏訪以北は蒸気機関車が列車を牽引していた。中仙道も町を外れると砂利道で車の往来も少なかったようだ。寂しさと怖さで後ろを振り向きながらの旅だった。帰って父に報告すると嬉しそうにそうか、そうかと褒めてくれた。それがうれしくてずいぶんと旅をした。そのうち国内が大きく変貌し始めてどこの町も同じような佇まいになってきて蒸気機関車も少なくなったので、北海道をよく歩いた。父が亡くなって褒めてくれる人がいなくなると、兄の後を追うように国外へと足を伸ばした。仕事との兼ね合いも合ってそう旅も出来なくなると長い旅は出来なくなって段々と旅の数も年に1回、それも遠くへは行かなくなっていた。5年前に山口の実家に帰った友人と福岡で待ち合わせをして九州の国東半島を回ったのがぶらっと旅をした最後だったろうか。仕事で乗る汽車も飛行機も何も記憶には残らなかった。


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 60歳になってあとどれくらい生きるのだろうかと思うようになって毎年桜を見ようと考えた。一年一回の桜はあと何年生きるにしても数えやすいじゃないかと思った。去年は初めて江戸城に入ったし、北の丸公園にも行って桜を見た。それは東京に実家のある私にしては旅に数えることの無い移動だった。
 今年は昔旅した思い出の地を再訪したいと考えた。瀬戸内海に浮ぶ小さな島をめがけて旅に出ようと思い立った。
 当日は前夜からの雪が10cmほど積もっていた。あさ5:58十日町を出る北越急行線に乗るべく4時過ぎに家を出た。雪だったが列車には間に合って犀潟駅で北陸本線に乗り換え、直江津駅で富山行きの鈍行に接続して終点で金沢行きと乗換えを繰り返して敦賀から小浜線を経て山陰線鳥取まで行くのである。鳥取には21:02に着く予定だ。雪が降るような天気で日本海はどんよりと冬の天気で小浜線も何か汚れた印象しかなかった。途中福井駅に停まっていたキハ58型の気動車は旅を始めたころの急行用気動車で眩しかったものだがこのキハ58も私と同じように年を取ったのだろう。


北陸本線」へ続く。


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