浜街道日帰りサイクリング


画像

画像

画像


此のコースは浜街道の道が余り良くないのが欠点であるが、途中に大小の湖沼や河川が有り、且つ丘陵の中を行くので仲々景色がよい。
日帰りは一寸強行だが、土曜から一日半の旅としてはよいコースで有る。



こうして前回と同じコースを、今回の末夫さんは自転車で走る。
以下に本文を転記するが、その内容もほぼ前回と同じである。


千住を出て新川を渡ると陸羽街道と別れて左へ川の堤に沿って行く。
仝じ国道で有りながら浜街道は可成り取残された粗末な道で有る。
常磐線、東武線のガードを潜り左側に小菅刑務所を見つゝやがて左へ折れ、小菅の街を出外田畑の中を一走りすると亀有の町へ入る。
これから金町迄道は家の立並ぶ街の中を行く。
金町を出るとすぐ江戸川の堤に上がり、これに沿って進み暫くして葛飾橋で松戸へと入る。
此処で道は不舗装道路となり、ほこりの立つ砂利道を走らねばならない。
町の外れで踏切をこし線路の右手に沿って進む。
此の辺より丘陵帯となり景色も田舎らしくなるが、馬橋までは道も平坦だ。
馬橋には街道のすぐ右手に万満寺と云ふ寺が有り、こゝの仁王像は運慶作と云ひ国宝に指定されている。
馬橋よりいよいよ丘陵の中へと入り上り下りを繰り返さなくてはならない。



前回の到達点、牛久附近以降からの文章を転記する。


牛久沼と別れると道は再び丘陵帯へと登って牛久ノ村へ入る。
此の辺より道は走り良くなるが、風景が平凡で一寸あきる。
荒川沖の前後で本街道最初の素晴しい松並木を潜り、暫くして道が新旧二道に別れるが、何れを取るもよく一気に丘陵を下ると土浦町へ入る。
町の入口で櫻川を渡るが、此の両岸に有名な櫻川堤のサクラが遠々連って美しい。
土浦は土屋氏の旧城下で霞ヶ浦の西側に位し、佐倉と共に霞ヶ浦探勝の玄関で有る。
町には土浦城跡浄眞寺寄り樽の名所が有る。
土浦より阿見までは舗装された平坦な道を行く。
霞ヶ浦は近附かないから其の湖面を左手に望むにすぎない。
背後には筑波が美しい。阿見は軍部の飛行場が有るので有名な所。
右手の丘上には陸上飛行場が、左の霞ヶ浦には水上飛行場が有る。
毎週金曜日には一般の参観が許される。
阿見からは再び不舗装の道となるが、平坦な走りよい道で有る。
阿見には城跡が有り、今でも昔時の古井戸等を存している。
木原を過ぎると再び道は丘陵帯となるが、実に景色がよくなる。
赤松の林や樹林の間を縫って丘陵帯を走るので、其の気分は到底筆舌では尽くせない。
鳩崎の村で左へ古渡方面への道と別れて右へ進む。
江戸崎町へ入る手前道の左手に霞ヶ浦の入り江を望むに素晴らしい所が有る。
三老松が有って古渡方面の村落迄手に取る様に見える。
こゝで一休みして行くがよい。
江戸崎は霞ヶ浦の入り江に接した町で、取残された様な淋しい町で有る。
こゝには別に見るべきものはない。
江戸崎より竜ヶ崎に至る間は一様で実にあきあきする程長い。
竜ヶ崎には有名な枝垂れ櫻が有る。
此れは般若院と云ふ寺の中に有り、樹齢四百年と云われ垂下すること三米余で其枝三百坪位蔓延している素晴しい櫻で有る。
竜ヶ崎の町を出外れた所で相馬町に行く道と別れて左へ進む途中、長い櫻の並木を抜けると再び丘陵を上下し、しばらくして布川の町に入る。
この町は利根川一つへだてゝ千葉県布佐町と接している。
こゝで見る利根川は川巾が狭いのに一寸驚かされる。
橋一つ渡るともう布佐町だ。
この橋は渡橋料を(5銭)取られるから予め用意して置く必要が有る。
布佐から利根の堤に沿って成田街道を進むとすぐ木下で有る。
先ずこゝで一休みして元気を附けてから出発するとよい。
木下町から松戸へ出るには、初め木下中山間を走る道を行くので有る。
此の道は不舗装で有り丘陵帯を進むが、実に走りよい気持ちよい道で有る。
赤松の林や奇麗な植林の並木などの中を走って行く。
往路の浜街道などとは全く天と地程の差が有る。
途中白井の部落で左へ折れ中山へ行く道と別れる。
白井から暫く来た所で右よりゴルフ場よりの道と合し舗装道路となるから一層快味は増して来る。
松戸の入口で浜街道と合し、踏切をこして町へ入る。
これからは往路の道を千住迄は約一時間で達する。

付記。
日帰りコースとすると木下よりは夜となる事を覚悟せねばならない。
然し七月の頃涼しい夜風をついて走れば無数のホタルが身にぶつかって気持がよく、秋の頃なれば虫の音を聞きながら空の彼方に浮く名月を望むなど実に…(以下最後の一行は判読不能)



著作権や版権の関係が判らず、本になった末夫さんの「汽車が好き、山は友だち」の中から、今までは恐る恐る文章を転記して来たが、これは本にも収録されておらず、安心してほぼ全文を転記できた。
もっとも内容に新鮮味がなく、載せなかったのは当然か。
それでも今回のようにブログとしてアップすれば、末夫さんがたどった土地やコースを知る人も居られるだろうし、興味を持って読んで下さるかも知れない。
たとえそうでなくとも、こうして昭和12年当時の記録を残すことは、まったくの無意味とはいえないと信じる。

※ 「日光浴びて自転車ハイク」のサブタイトルは、当時の旅行雑誌などへの投稿用につけたものらしい。
※ 土浦城跡浄眞寺「寄り樽」はこちらの誤読の可能性がある。いくら調べても不明。
※ 「鳩崎」の地名も「鳩」の字が不鮮明だが、現在の地図で「鳩崎」があることを確認、おそらく正しいだろう。


地図などは丁寧に書かれてあり、詳しく見たい方は画像をご自由にダウンロードされて構いません。
おそらく役に立つこともないと思いますが、web上での画像使用も自由です。
こちらへの事前承諾も不要です。
但し、その場合は出典の明記だけは必ずお願いします。(太田)


ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント