吉見百穴サイクリング


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「第二回自転車ハイク」とは大袈裟だが、それもそのはず、末夫さんはこの年の初めに念願の自転車を買い、有頂天の極みだったのである。
今でいえばマイカー購入といったところか。
わざわざ鴻巣まで北上する大回りも、その表れだろう。
途中、パンクした位置まで地図に書き込んでいる。
そして日付に注目したい。
4月29日は天長節、天皇誕生日だ。
末男さんはそのことにまったく触れていない。
道中はおそらくどの家も日の丸を掲げていただろうし、当然、日本中で様々な行事も執り行われていたはずだ。
そんな世情と関係なく、春爛漫の薫風を受けて颯爽とペダルを漕ぐ一青年の姿が浮かんで来る。
道は悪いが車の通行は少なく、現代の感覚以上に快適なサイクリングだったに違いない。

もう二十年以上も前だが、一度だけ吉見百穴に行ったことがある。
それまでは「ひゃっけつ」だとばかり信じて疑わなかったが、「ひゃくあな」の呼称が正しいらしい。
「けつ」でも「あな」でもどちらでも良いと思った。
拝観や観覧の金額は覚えていない。
五世紀から七世紀にかけてのお墓を拝見するのだから、「拝観」でも良いのだろう。
崖の壁面に数多く開けられた穴が並ぶ光景は異様であり、奇妙でもあった。
鉄製の階段があり、いくつかの穴を覗くことができた。
奇妙だと思った感覚は、その位置にある。
なぜ崖の中腹に竪穴式の墓を造らなければならなかったのか。
時代は前方後円墳から円墳、やがて薄葬令へと変化する。
薄葬令の詔は646年に発せられている。
調査によれば、吉見百穴は七世紀中葉に終焉しているらしい。
薄葬令が出されたのとまったく同じ時期である。
古墳オタクなので長くなるからガマンしてやめるが、古墳は面白い。
面白いという表現が不適切なら、「興味深い」とでもして置こう。
キーボードを打つ手が勝手に動きそうなのでホントにやめる。

壁面に多く穿たれた穴以上に興味深いのは、戦中に広範囲に掘り拡げられた迷路のような洞窟である。
まあ、迷路というほど入り組んではいないが、それでも足を踏み入れれば、冷気と不気味さに身がすくむ。
当時は軍需工場として利用されていたらしい。
その雰囲気は、子供がよろこぶ戦隊モノのテレビ撮影にもたびたび使われているそうだから、百穴を知らない人でも、悪漢たちの秘密基地とか隠れ家を想像すれば良い。
もうひとつ忘れてならないのは、ヒカリゴケが見られるということだ。
小さな穴を覗けば、神秘的な光がぼんやりと確認できる。

戦中の洞窟や住宅地に浸食されて、末夫さんが目にした頃の吉見の光景とは大きく違っているだろうが、中腹の墳墓からの眺めは悪くない。
半日の時間を捻出できれば、もう一度訪ねてみるのも一興かも知れない。
但し、出掛けるとしたらまた車で行く。
自転車は少々つらい。
いや、かなりつらい。(太田)



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