街道ヲ行く

昭和10年4月3~4日
 街道ヲ行くというとあの司馬さんの名著であるけれども、これは日光例幣使街道と会津西街道を昭和10年の冬に歩いた記録であります。本文中にもあるように末夫さんは昔の街道を旅することにあこがれていてこの街道のそのころのたたずまいが如何にも江戸時代のような風情だったと話しておりました。この紀行文を読むと格好のいいことばかりでなくビクビクしながらはじめての道を歩き始める23歳ごろの彼の後姿が見えるようでほのぼのとしてきます。昔は日光の東照宮に向かう道はすべて日光街道といわれていました。ですが日光から会津に向かう時は会津西街道、会津から日光に向かうと日光例幣使街道と同じ道を向かう方向で言分けていたようです。千住から日光に向かう道も行きと帰りでは奥州街道とその呼び名を変えたのでしょうか?よく分かりませんが。今度安藤昌益の研究家に聞いてみます。私も何回もこの会津西街道を走りました。藤原から中三依、上三依。山王峠、糸沢から会津田島まで車でも狭い道で思いで多き街道だったようです。最後の時は日光街道を走ったのですが道の工事が始まっていて四車線ほどあったのか大きな道に生まれ変わり始めたころでした。今の野岩鉄道の元となった鉄道線があって戦争で工事が途中で放棄された跡を惜しいなと思ってみていたことも思い出します。

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