宗吾 成田 香取巡り

成田山新勝寺は父に連れられて元日によく出掛けた。まだ無為徒食でいられたいい時代の思い出である。新勝寺は天慶年間(940年頃)平の将門の乱に弘法大師作、開眼の不動明王を下総の下向させ檀を設けて祈ったところ将門の乱は平定された。後東国鎮護の為に成田に伽藍を設けて留めたという。宗派は新義真言宗智山派である。将門は今で言う茨城県猿島郡あたりで「新皇」と名乗ったという。将門は東京の神田明神に祭られ今でも人気がある。
 宗吾霊堂は江戸前期、下総佐倉藩領200ヶ村の百姓一揆の指導者で領主堀田氏の重税に苦しむ状況を幕府に訴え、妻子ともども処刑された。江戸時代の義民として有名で芝居にもなっている。本名は木内惣五郎、印旛郡公津台方村の名主。
 香取神宮はふつ主命別名伊波比主命で武勇の神であるという。社殿は元禄の頃のものだという。一日で巡ってこれる距離にあるこのコースは昔からの観光コースであったようだ。


画像

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント