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zoom RSS このごろ世の中がキナ臭い 前編

<<   作成日時 : 2017/06/30 23:50   >>

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ずいぶんご無沙汰してしまいました。
本来の管理人HASEGAWA氏が、実父末夫さんの生原稿を保管しているにもかかわらず、ブログにノータッチを決め込んでおりまして、滞ったままでありました。
でも、決して放置したままで終わらせるつもりはなく、ならば仕方ないですね、またしゃしゃり出て、お口ならぬお目汚しで間をつなごうと、管理UNIONが記事をアップさせていただきます。

「誤解を招きかねない発言であり撤回したい」と、防衛省のトップがやっと発言を撤回しました。
誤解なんてしてなかったんですけどね。
でも鼻がおかしいのか、この数年、世の中がキナ臭いと感じてしまうのです。

さて、永六輔さんが逝って間もなく1年になろうとしています。
VHSのテープに、1999年1月に放送されたNHKの「視点・論点」が残っていました。
永さんの言葉を、忠実に文章に起こしてみました。
長いので、前後編に分けてアップします。



    「昭和1ケタ生まれとして」  1999年1月11日放送


画像永六輔、生年月日は1933年、昭和8年4月10日生まれです。
この昭和8年というのは、昭和1ケタというふうに言われます。
昭和1ケタ族というのは、調子がいい、悪知恵が発達しているというような言われ方をするんですが、ま、知恵はあるような気がします。

さ、みなさん、松の内も離れてですね、お手元に年賀状のある方、まだ年賀状を出していない方、ぜひ旧暦元旦でそれを出してください。

旧暦元旦は、今年は2月の16日です。
2月の16日に旧暦元旦として、改めて年賀はがきを出しますと、まず目立ちます。
目立つ、というのも昭和1ケタは好きなんですね。
目立つだけじゃないんです、知恵があります。

15日に、お年玉はがきの抽選会があります。
抽選会で当たったのは自分で取ると、当たったのは自分で商品を換えてですね、ハズレたので出すという、こういうところが昭和1ケタの知恵の発達しているところなんですね。

で、その知恵が発達している、調子がいい、目立ちがり屋だ、昭和1ケタはよくそう言われますし、言われてみると、あ、そうかなと思うときもあるんですが、今日の昭和1ケタは、もう一人の昭和1ケタ、野坂昭如さんのお話をしたいと思うんです。

野坂昭如さんは昭和5年生まれです。
我々昭和1ケタは戦争のときにですね、子供でした。
学童疎開が永六輔、あるいは学徒動員、学徒出陣と続いていくんですが、それでもまあ、はっきり言って子供でした。
ですから戦争ということになると、僕は子供だったから、という逃げ方をしてしまって、なんか責任がないようなことになっている。

これを野坂昭如さんはとっても違うと、このお正月に僕は呼び出されまして、絶対に違う、子供は子供として戦争を受け止めたんだから、その今の子供たちにその戦争体験を語り伝えていこう、戦争中、我々は子供だったから何も知りませんでした、というだけではなくて、いかに恐ろしかったかっていうことを伝えていこうと、いうことを野坂さんと相談しました。

ご存知のように野坂さんは、作家という部分では戦争の童話をたくさん書いてらっしゃいますし、代表的なものにはご存知のように「火垂るの墓」というのがあります。
妹さんを戦争のさなかに飢え死にさせてしまう、しかも自分の腕の中で、抱き抱えてる妹が息絶えてしまうという大変な経験をしてらっしゃいます。

で、その経験から見ても、子供は子供なりに戦争ってものを恐ろしく感じていたんだから、そのことを子供たちに伝えていこうと、僕はこう言われて本当にその通りだと思いました。


画像


僕は学童疎開ですが、その学童疎開を妙に懐かしんだり、あるいは学童疎開のつらさというものを、わざと忘れてみたりしたことがあります。
でもそうではなくて、子供は子供なりに、あの戦争の体験を伝えなきゃいけないんだ、というのが、今日お話ししたい昭和1ケタの思いなんですね。

と言いますのは、戦争をぜんぜん経験していない世代、つまり若い世代の中から戦争を正当化する、あるいは、あの戦争は立派な戦争だったんだ、ということを言ったり書いたりするほうが売れたりする、これはやっぱり違うと思います。

もちろん明治大正を生きて、戦争の悲惨さを身をもって受け止めた方、つまり敵を斃した方、あるいは敵に斃された方たち、そういう方たちの体験とは違う子供の体験ではあっても、子供は子供なりに生死の中をさまよい、特に沖縄のみなさんは同じ昭和1ケタでも違うと思うんですね。

つまりその恐ろしさを今の子供たちに伝えていこう、これは野坂さんがおっしゃる前に僕は僕なりにとても怖い話を体験したことがあります。
それは子供たちにですね、おじいちゃんおばあちゃんに戦争体験を訊きなさいと、いう話をしたときなんですが、それぞれ、おじいちゃんおばあちゃんに、どんな戦争だったのか、どういう思いをしたのか、たくさんの子供がたくさんの答えを聞いて来ました。

その中の一人にですね、
「うちのおじいちゃん、日清戦争、勝ったんだって」 
「うん、まあね」
「日露戦争も勝ったんだって」
「まあ、、日本海海戦ていうのはそうかな」
「それから中国にも攻め込んだんだって」
「うんまあ、そういうことをしたんだ」

で、そのうちに子供が言うにはですね、
「アメリカと戦って、広島と長崎、そして沖縄、ここで負けちゃったんだ」
ま、それはそういうふうに捉えることは致し方ないと思いますけれど、そのときの子供のセリフがですね、
「三勝一敗っていい成績だと思う」
と言ったんですね。

三勝一敗、サッカーの試合じゃないんですよ。
その戦争をですね、三勝一敗だからまだ行けるか、つまり四勝一敗にするか、みたいなね、そういう考え方が子供の中に何となく埋め込まれて来ているこの最近というのを、我々も子供だった戦争時代をですね、振り返って子供なりに戦争がどうつらかったのか、戦争ってどんなに虚しいものなのか、これをですね、思い起こして子供たちに伝えていきたい。


 次回、 「このごろ世の中がキナ臭い 後編」 へ続く

(管理UNION 太田)


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